冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

運命の日の朝

『祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。
驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ……』

香世は、
かつて女学校の古典授業で習った平家物語をおもむろに、頭の中で暗唱する。

古典文学がとても好きだった。

女学校に通っていた頃は、
暇さえあれば本を読み、
昔の人々の暮らしに想いを寄せるような
夢見がちな少女だった。

母が愛したピアノを弾く事も大好きだった。

お琴も、お花も嫌いでは無かったし、
一生懸命に覚えたのに、なぜ………。

頬に流れ落ちる涙をそっと指で拭う。

「ただ、春の夜の、夢の如し……。」

そう呟き、そっとベッドから起きる。

もうこの部屋には二度と帰る事は無いのね…。

母が生きていた頃の幸せな日々はもう戻っては来ない。

自分の人生を悲観した所で何も生まれないわ。

気持ちを無理矢理奮い立たせ、
質素な着物に着替えて台所へと向かう。
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