冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

「旦那様、お先に朝食になさいますか?」
若い女中が現れ、俺に声をかけてくる。

「いや、彼女達の支度が整ったら一緒に食べる。」
そう告げ、新聞に目を落とす。

香世の髪を真子が結いたがり、
タマキの指導の元、楽しそうにしている。

朝の素っ気ない風景が、
この2人がいる事で暖かみを増し彩鮮やかに見えるから不思議なものだ。

香世は髪を結い上げ、髪かんざしで押さえている。
それだけで少し大人っぽくなるから気が気じゃ無い。 

好いた女子が近くにいるだけで、
こんなにも朝から心臓は忙しなく動き、
彼女の一喜一憂を見逃さないように神経を尖らせてしまう。

そんな自分に苦笑いする。

「正臣様、お待たせしました。」


香世と真子の髪は整ったようで3人揃って
朝食を取る。

「真子、午後に一旦戻って来るから、
その時、孤児院の方へ連れて行く。
それまでに荷物をまとめておいてくれ。」

食べながら伝達事項のように告げる。

「二階堂様が真子を小学校に行かせてくれるって聞きました。本当ですか?」
真子が嬉しそうに言ってくる。

「ああ、そのつもりだ。
学校の手続きに数日かかるらしいから、
その間はいつでもここに来て、香世に勉強を教われ。」
抑揚の無い声で真子に言う。

「本当に!!ありがとうございます。
うち一生懸命に勉強します。ここも好きに遊びに来ていいんですか?」

嬉しそうな真子につられて俺も微笑む。

「遊びにでは無い、勉強をしに来るのだ。」
 
そう咎めるが、真子は嬉しそうに香世を見てふふっと笑う。

香世も優しく微笑みを浮かべる。

そんなたわいも無い会話ではさえ、
俺は彼女の表情にいちいち反応してしまう。

「あの…お代わりしてもいいですか?」
食事が終わる頃、おずおずと真子が俺に聞く。

「ああ、いくらでも好きなだけ食え。」

そう伝えると、パァっと嬉しそうな顔になり真子が香世に目を合わす。

「真子ちゃんお茶碗貸して、よそってあげる。」
香世は俺を見てにこりと笑う。

俺は、目を見開き驚く。
俺に笑いかけたのか?

昨夜の事で、1歩も2歩も後退してしまったであろう香世の心を思い計っていたのだが…。

「俺も軽く、貰おう。」
ついでを装ってそう言うと、

香世が
「はい。」
と、微笑み、お茶碗を取りに俺の元まで足を運ぶ。

俺が差し出した茶碗を丁寧に両手で受け取り、おひつの場所に移動して、
真子の茶碗と共に白米をよそう。

一つ一つの所作がまるで茶道のように綺麗だと、不覚にも見入ってしまう。

「真子は茶漬けは食べた事があるか?」

動揺する心を鎮めるために真子に話しかける。

「食べた事、無いです。」
真子がワクワクしながらそう言ってくる。

「香世、そこにある缶の中に茶漬けが入っているから振りかけてくれ。」

そう伝えると、香世は缶の蓋をあけ白米に程よくふりかけお茶を注ぐ。

それを2膳お盆に乗せて、

「どうぞ。」
と微笑みながら俺に渡してくれる。

真子にも同じように渡し自分の場所に戻る。

その動きをいちいち目で追ってしまう俺も大概だが…
それだけの事に何故か嬉しく思ってしまう。

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