悪役令嬢は友人の恋の行方が気になる

マリアの婚約者

あの舞踏会の後、マリアは塞ぎ込んでいた。
王太子が婚約者にステファニーを選び、既に彼女は王宮で妃教育を始めている、という噂を父がもたらしたからだ。

グロリス伯爵は王宮府の財務省で仕事をしていて、王宮に通うステファニーと何度も会っていた。ステファニーはいつもにこやかに伯爵に挨拶を返してくれる。それは王太子妃になるという心の余裕であろう、と父は話していた。

「一度会っただけの私の事など、王太子様が覚えていらっしゃるはずもないわよね。」

王宮府の父の元へ書類を届けに行った時の事は今でもはっきり覚えている。
入口で親切な衛兵の方に父の職場までの行き方を教えてもらったのに、少し歩いたところで迷ってしまった。広すぎる王宮府で動き回ると更に迷ってしまうと思い、誰かが通りかかるのを待っていると、背の高い見目良い男性が現れた。
騎士団で訓練をしていたのか、動きやすそうな黒のトラウザーズにブーツ、白いシャツ姿の彼は、マリアを見つけるとまっすぐこちらにやってきた。
「どうされましたか、レディ?」
低めの柔らかい声は、マリアの緊張を和らげてくれる。ほっとして迷ってしまった事を伝えると、
「ならばこちらですよ。」
と、案内してくれた。歩きながら、マリアの名前を聞かれたりしたが、その男性は自分から名乗ろうとはしなかった。父の職場の前まで連れてきてもらい、道案内のお礼がしたいと思い問い掛けようとしたところに、別の方向から
「テオ殿下!」
と呼ぶ声がする。男性の方を見ると、渋い表情で呼ばれた方を見ていた。
「テオ殿下?」
マリアは頭を巡らせて青ざめる。この国の王太子だと気づいた時には、彼は苦笑して
「またお会いしましょう、マリア嬢。」
と走り去っていった。
まさか王太子様だったなんて。王太子に道案内をさせたなんて知られたら、どんなお咎めを受けるだろう。
それでもテオドロスがマリアに向けていた瞳は穏やかで優しい色をしていた。
「こんな迷子の私に親切にしてくれるなんて、王太子様は本当にお優しい方なのだわ。」
マリアは心の内に生まれてくる甘い感情に気づかないまま今日まで過ごしてきたが、ステファニーが王太子妃になるのでは、と思うとざわざわした気持ちを抑えられない。

マリアはまた深くため息を吐いた。
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