シロツメクサの約束~恋の予感噛みしめて~
 正直話したりないと思う。けれど時間も遅いしなんと言ってひきとめていいのかわからない。それに来週も顔を合わせるけれど、それは患者と歯科医師としてだ。今日のように話ができるかどうかわからない。

 名残惜しさを感じつつも、それをどう伝えていいのか、そもそもそれを伝えて彼が迷惑だと思わないだろうかと考える。

「どうかしたのか?」

「え、ううん」

 車のドアに手をかけて黙り込んでしまっていた。なんとか笑ってごまかしたけれど、いつまで居座っているのだと思われたかもしれない。

 結局朝陽に駆ける言葉が見つからず、心の中でため息をついてドアを開けようとする。

「待って。次どうする?」

「次って、来週金曜日に今日と同じ時間でって言ってなかった?」

 私の聞き間違いだったのだろうか。首をかしげる私を見て、朝陽くんがくすくすと笑った。

「それは診察の予約だろ。そうじゃなくて俺は奈穂のプライベートの時間を予約したいんだけど」

「プライベート……あの、それって」

「嫌か?」

「嫌じゃない! また会えるの?」

「奈穂がいやじゃなければ」

 彼もまたこうやってふたりで会いたいと思ってくれているのだとわかって、うれしくなって思わず満面の笑みを浮かべてしまう。

「OKならスマホ出して。連絡先交換」

「うん」

 そそくさとバッグからスマートフォンを取り出す。しかしこんなときに限って顔認証がうまくできない。やっと画面を開いて顔を上げると、朝陽くんは私をじっと見ていた。

「お待たせ、あの。どうかした?」

「いや、なんか大人になっても奈穂は奈穂だなって思っていただけ」

「それはそうだけど、私ももう大人なんだからね」
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