紫陽花が泣く頃に


「あのさ、今日って暇?」

「予定はいつもないけど」

「じゃあ、うちに来ない?」

「え、う、うち?」

「一緒にお母さんの家に行かない?」

柴田からの誘いに、俺は目を丸くさせた。律子さんの家は、美憂が暮らした場所。彼女がうちに来ることはあっても、俺が美憂の家に行くことはなかった。

「俺が……行ってもいいの?」

「うん。お母さんも改めてお礼を言いたいって言ってたから」

「そっか。じゃあ、うん。一緒に行くよ」

それから放課後になって、俺は柴田と歩幅を合わせる。美憂の家は閑静な住宅街の一角にあった。小さな庭には律子さんが育てているであろう花が植えられていて、その中には紫陽花も咲いていた。

「お母さんはまだ仕事が終わらないみたいだから、先に入って待っててっだって」

そう言って柴田が自宅の鍵をかける。俺は人の家にお邪魔する機会がほとんどないので、すでに緊張していた。

「脱いだ靴って、爪先を玄関に向けるんだっけ。それとも下駄箱の近くに揃えたほうがいい?」

「ふっ、そんなに(かしこ)まらなくていいよ」

柴田に案内されたのは、天井が高いリビング。白で統一された家具には清潔感があって、とても綺麗な空間だった。


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