紫陽花が泣く頃に
屋根から滴る雨の飛沫が、時々テーブルまで跳ねてくる。雨音はうるさいのに、この空間だけは静かという表現のほうが合ってる気がした。
「……アンタは勉強しなくても、テストなんて余裕でしょ」
柴田が消え入りそうな声で言ってきた。俺に関心なんてないと思ってたから、そんなことを言ってくるなんて驚きだ。
たしかに勉強は得意なほうだった。今ではすっかり無気力になって真面目に取り組むことはなくなったけれど、多分成績でいえばクラスでは上のほうにいる。
「わかんないところあったら教えてあげようか?」
「は? 上から目線で言わないでくれない?」
ですよね、と俺は期末の範囲に指定されているページから開く。
少し前まで、柴田は俺のことを理不尽に睨んでくるだけの人だった。でも今は同じクラスになって、隣の席にもなって、他人というわけではなくなった。
まさか向かい合わせで勉強する日が来るなんて、想像もしてなかったことだ。
「ねえ」
雨音に混ざり合うように、珍しく柴田から声をかけてきた。
「なに?」
「……ちょっと、ここだけ教えなさいよ」
柴田はばつが悪そうに、今日やった数学の問題を指さしていた。だったら最初から、素直に教えてと言えばよかったのに。本当に柴田はあまのじゃくだ。
「問Aの数式?」
少しだけ前のめりになって、柴田のノートを覗き込んだ。……と、その時、海のさざ波のような音が聞こえた。ザアアという静かな音には、聞き馴染みがある。おのずと視線は、音がしたほうに向いた。
どうして……どうしてすぐに気づかなかったんだろうか。
俺は柴田の右手を勢いよく掴んだ。
「え、な、なに?」
「なんで……このシャーペンを柴田が持ってんの?」
それはビーズのチャームがついたブルーのシャーペン。間違いなく、美憂が妹のプレゼントのために買ったものだった。