紫陽花が泣く頃に
「なんでアンタがここにいるの?」
声をかけずに去ろうと思っていたのに、柴田が俺のことに気づいた。
「それはこっちのセリフなんだけど」
答えた瞬間に、雨足が強くなってきた。これが遣らずの雨ってやつなんだろうか。何気なく手元を見ると、柴田は教科書とノートを広げていた。
「もしかして、ここで勉強してたの?」
「べつに。ただやることもないし、行くところもないから、それで……」
「行くところもないって?」
「……家の鍵が壊れて、帰れないんだよ」
柴田の口からため息が漏れた。
「鍵が壊れるとか、そんなことある?」
「正確には鍵穴。元から錆び付いてたんだけど、いよいよ鍵をさしても回らなくなっちゃって……」
素直に白状するってことは、相当困ってるのかもしれない。
「親は?」
もうすぐ夕暮れだし、今日は肌寒い。いくら雨宿りができるといっても、ここに長時間いるのはきついだろう。でも柴田に友達がいないことは知っている。もしも俺が同じ状況になったら、こうやって東屋に身を寄せる選択をするかもしれないと思った。
「……お父さんがいるけど、帰ってくるのは夜みたい」
「それまでこの場所にいるつもり?」
「悪い?」
悪意があったわけじゃないのに、柴田は急に不機嫌になった。
あまのじゃく。わからず屋。怒りん坊。
柴田はこういうところが本当に、可愛くない。
もう干渉するのはよそうと方向転換したけれど、なんとなく後ろ髪を引かれた。柴田は可愛くないうえに頑固だから、父親が帰ってくるまでは意地でもここにいるつもりだ。
俺は帰ろうとした足を戻して、傘を閉じた。そのまま東屋の中へと入り、木製の腰掛けにカバンを置いた。
「な、なんのつもり?」
「俺も暇だから勉強する」
柴田の前に座った俺は、数学の教科書を取り出した。