ムーンサルトに 恋をして

「Today is my birthday.」
「えっ?……誕生日なの?」
「ん」

少しはにかんだ表情でウインクしたジル。

「Let me charge…」

そして、彼は両手を広げた。
私を抱き締めたい、と。


練習を目の当たりにして、危険と隣り合わせなのは知っている。
怪我だけはして欲しくない。

誕生日というワードが足踏みする私の背中を押したようで。
彼の胸にそっと体を預けた。

7年ぶりの感触。
服越しに伝わる鍛え上げられた筋肉美。
懐かしさなのか恋しさなのか、背中を摩る手はあの時と変わらずとても優しくて。

モヤモヤしていた感情の正体に気付いてしまった。

7年前に一夜だけの関係だと割り切って終わらせたつもりの感情が、終了ボタンでなく一時停止ボタンを押していた事に。
そして、その一時停止ボタンをたった今、彼の腕の中で再び押してしまったようだ。

「怪我に気を付けてね」
「ありがとう」

彼は腕を解くと、Bluetoothのイヤホンに返答し始めた。
準備があるらしい。

私は小さく頷いて彼を見送った。
軽やかに駆けていく彼の後ろ姿に『怪我だけはしませんように』と祈りながら。

**

緑川さんの元に戻ると、質問攻めに遭ってしまった。
大学卒業後に知り合ったけれど、先日までサーカス団にいることも知らなかったことを伝えると、『それは運命ですね』だなんて返って来た。

運命。
それが本当なら、この想いの行方はどうなるのだろう?

モヤモヤが解消されたはずなのに、別の霧が立ち込めている気がして。
30歳目前にして、再びときめくなんて思いもしなかった……。

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