夕日みたいな君と,時間を忘れて手を繋ぐ。

第5.5話水面の思い出




洗濯機に水着を入れ,ピッと起動させる。

ゴォウと稼働する音を聞きながら,私はそっと蓋に手を置いた。

水の音が,たくさんの思い出を蘇らせる。

幻のようにきらきらして,2人を思い出しては,気づけば1人,くすくすと笑っていた。

さて,と。

私は洗濯機のある脱衣所を後にして,和室へと向かう。

カララと扉をスライドすると,綺麗な女性と目が合った。



「ただいま,まま………お母さん」



そのまま,あのねと少しだけ話をする。

ひとしきり話して,私は肩をすくめた。

ーカチャ

っ!

玄関の物音に,私はびくりと肩を揺らす。

振り返ると,ただいまと言いながら靴を脱ぐ音が聞こえた。

やがて,その人物も和室へやってくる。



「…なんだ,ここにいたのか」

「……おかえり,義隆さん」



にこりと笑う。



「どこか行っていたのか?」

「うん。ちょっと。気晴らしにね」

「こんな時間に洗濯なんて珍しいな」



横を抜けようとして,ふと顔を上に上げたその人に,私はまた足を止めた。



「う……」

「塩っぽい匂いがする」



返事をするより先に,私の頭髪の匂いに気づかれて,私は仕方なくもう一度笑顔を向けた。



「昨日伝えたでしょ。友達とプールに行ったの。でも少しだけだよ。ね,今日のご飯何にする?」



そんな話聞いたかな,という表情をするその人に,私は話題を変えて微笑んだ。

もちろん,そんな話はしていない。



「あ,あぁ。今日は久しぶりにお寿司を買ってきたんだ。半額だったからね」

「お寿司?! やったー!」



ふふと微笑んで,私は部屋を出る。

反対にお寿司を持ったまま部屋へ入っていくその人を見送って,私は扉を閉じた。

閉まり切る寸前,またあの女性と目が合う。

微笑んだその顔を崩さない彼女は,今日も,誰の呼びかけにも応えずただそこに存在していた。

あなたが,いてくれたら。

何度目かの思考を追い出して,閉じたくなる瞳を開いたまま,彼女にそっくりな微笑みを崩さず扉を閉じる。

パタン,そんな小さな音を,慎重に最低限に閉じる。

その瞬間,脱力感がどっと押し寄せる。

扉が開いてしまわぬよう,両手で押さえて。

私はようやく無表情のまま下を向いた。



「……よしっ」



お寿司の準備だ! と踵を返す。

入ろうと思っていたシャワーは,必要がなくなってしまった。

リビングへ軽い足取りのまま向かっていると,ふいに。

彼の言葉が頭に流れた。



『普通に笑えるんじゃん』


「当たり前でしょ,春陽くん」
 


下がりそうになる口角を上げて,私はまたふふっと笑う。

口の端をなでる右手は,そうしていないと。

同じように震える瞳から,何かが零れてしまいそうだった。

鼻歌交じりに,準備を再開する。

楽しかった1日の終わりに,涙は似合わないからだった。
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