吸血鬼令嬢は血が飲めない

「…お嬢様。この娘が粗相を働いた場合、直ちに搾り尽くして構いませんね?」

「えっ!?」

しかし、執事スアヴィスは未だ納得しきれていないようです。
再びうぞうぞと迫り始める蝙蝠の羽を、今度はわたくしがギュッと掴んで止めました。

「だ、だめよ!許しません!
ラクリマとニクスのことは傷つけてはダメ!絶対!」

以前は、彼に命令を聞いてもらえるか不安がありました。
しかし今なら大丈夫。…多分、大丈夫。

「わ、わたくしは城主(レディ)レギナ・バートランドよ。
わたくしの命令を聞いてちょうだいよ!」

我が父亡き今、この城の主は令嬢たるわたくしなのですから。

勇気を出して下から睨むと、スアヴィスの顔から怒りが引いていきます。
蝙蝠の羽もきちんと収めて、恭しくお辞儀をして見せます。

「はい。大切なお嬢様のご命令とあらば。
…ただ、一つ条件がございます。」

スアヴィスはわたくしの手を取ると、その指先に軽く唇を合わせました。

「一滴で構いません。
私にも、お嬢様の(こころ)()ませていただけませんか?
150年、ずっと我慢していたのです。」

そう言う彼の顔は、心の底から嬉しそうな笑顔でした。


その言葉を聞いた時、わたくしの体のどこにあったのか。体中の熱という熱が、顔だけにカーッと集まっていきました。

「…そ、そんなの!だめですわ!!」

わたくしの全力の拒絶に対して、スアヴィスは意外にも素直に「はい」と承諾しました。

「無理矢理嫌がることをしては、嫌われてしまいますから。
ご主人様が良い反面教師となってくださいました。」

知らぬ間に退治され、知らぬ間に反面教師にされていた古の我が父…。生まれて初めて、わたくしは奴が「ちょっと可哀想かも」と思いました。
我が父が霞んでしまうほど、わたくしにとっては目の前のこの男のほうが、ずっとずっと恐ろしい。

…それなのに、わたくしはどうしても、この吸血鬼だけは嫌いになれないのです。
< 19 / 20 >

この作品をシェア

pagetop