君が導き出してくれた私の世界
それから、楓くんと有野さんと一緒に教室に戻った。
体操着から制服に着替えて、しばらくしてホームルームが始まったけど、私は心に“あること”を決めた。
なんだかそわそわして落ち着かない。
「小春、どうした?」
ホームルームが終わった後、帰りの支度もしない私が気になったのか楓くんが声をかけてくれた。
スマホを手にするなり、楓くんもスマホを取り出してメッセージを見る準備をした。
楓くんといくつものやりとりをした履歴が残っている画面を開いて文字を打つ。
【あのね、楓くんにお願いがあるの】
「お願い?」
不思議に思って私を見る楓くんに、さっき心に決めたことを彼に伝えた。
【私に手話をもっと教えてほしい】
有野さんに手話でお礼を伝えられたこと。
楓くんにボールを投げることができたこと。
ほんの些細なことかもしれないけれど、私にとっては大きな1歩で少し自分に自信がついた。
【声では自分の気持ち伝えることができないけど、手話なら伝えられそうな気がするの】
だから、頑張ってみればできそうなことがあるかもしれないと思ったからで、今は手話をもっと知りたい気持ちが強い。
それに、“ありがとう”の他にもたくさん手話を知って、楓くんといつか手話で話したい。
【だから、お願いします! 私に手話を教えてください】
楓くんに、“お願いします”というふうにペコリと頭を下げた。
一瞬の沈黙が訪れる。
でも、その沈黙を破ったのは楓くんだった。
「そんくらい、いくらでも教えてやるよ」
楓くんは嬉しそうに笑顔を浮かべていて、私まで嬉しくなった。
『ありがとう』
今度は、メッセージではなく手話で楓くんにお礼を伝えた。