彼女の夫 【番外編】あり
エピローグ
彼女が日勤の日は一緒に病院まで通勤し、病院の裏通りから車でオフィスに向かうようになった。

「じゃあ、玲生さん行ってらっしゃい」

「蒼も。今夜は早く帰れると思うから、晩メシ調達しておくよ」

「本当? 玲生さんの会社近くのメキシカンがいいな。もうお店に立ち寄る機会も無さそうだし、あのピリ辛ソースが忘れられない」

「分かった。じゃあな」

チュッと、彼女の額に軽くキスした。
これはもう、毎度の儀式だ。

『早坂先生はアメリカ帰りだから、あれは単なる挨拶』

からかわれることもなく、そう認知されているらしい。


それどころか『先生と一緒の男性は誰?』と病院内外で噂になっているらしく、先日彼女と実家に行った時、両親が楽しそうに話してくれた。

「『服部社長の奥さまは、どこの誰?』って騒がれるんじゃなくて、『早坂医師のお相手は、いったい誰?』だもんなぁ。さすが俺の主治医だ」

「本当よねぇ。私も、早坂先生がウチのお嫁さんだって誇らしくて」

「そんな・・恐縮です・・」

「あーはいはい、俺は存在感の薄いただの社長ですよ」

そう言うと、みんなから笑い声が上がった。

いいのだ、これで。
彼女が『社長夫人』として萎縮するのは、全くもって本意ではないから。

むしろ俺が『早坂医師の夫』くらいの扱いでちょうどいい。


「社長、おはようございます。本当にいつもラブラブですよね〜」

「まぁな。高澤、今日の予定を教えてくれ。今夜は俺が晩メシの調達当番だから・・急な会食はナシだぞ」


オフィスまでの通勤路の途中に、長い桜並木がある。
3月も半ばを過ぎ、もうすぐ咲き始めると予測が出ていた。

窓からその並木道を見て想いを馳せる。

今年は彼女と桜を眺めよう。

そして来年も、更にその先も『彼女の夫』として、命が尽きる時まで。





<おわり>

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