彼女の夫 【番外編】あり
羽田空港に到着した翌日、例のエグゼクティブ・・伏見(ふしみ)さんと共にタクシーで主治医の待つ病院に向かった。

「先生のおかげで、機内でも到着後のホテルでも安心して過ごせたよ。本当にありがとう」

「いえ、私は何も」

「早坂先生、もし・・いつか日本に帰ってくることがあれば、すぐに連絡してくれないか。ぜひ主治医になってもらいたいんだ。信頼できる内科医を見つけるのは、簡単なことじゃない。
僕は教授と旧知の仲なんだが、ブライアンも早坂先生も素晴らしいドクターに育ったと聞いているよ」

「ありがとうございます。その時は、ぜひ」

病院に到着し、ロサンゼルスでの状態や処方した薬の説明をしたところまでで、私の役目は終わった。

今日は金曜。
明日の夜の便で、ロサンゼルスに帰ることになっている。

オフィスにいる彼を見るのなら、もう、今日しかない。
でも・・。

いざとなると足が向かない。
会う約束をしているわけでもないのに、戸惑うばかりだ。

もし彼を見かけてしまったら。
私は何を思うのだろう。
叶わない恋を無駄に膨らませて、余計に苦しくなるだけなんじゃ・・。

俯きながら、最寄駅への道を歩いた。

ひらり・・。
私の目の前を桜の花びらが横切った。

顔を上げると、まだ満開には至っていない桜の木がある。

「玲生さん・・」

彼の名前を口にすると、涙が込み上げた。

ダメだな。
こんなんじゃ、もし彼を見てしまったら、帰りの機内でも帰ってからも使い物にならない。

このまま、ロサンゼルスに帰ろう。

私は、涙が引くまで桜の木を見上げていた。


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