彼女の夫 【番外編】あり

~ 玲生の想い ~

『玲生さん』


え・・。

俺は手元の書類から視線を上げ、窓の外を見た。

「高澤、ちょっと停めてくれないか」

「え? あ、はい」

運転している高澤に声をかけ、路肩に車を停めてもらう。

「社長、どうされました?」

「あぁ、うん。知り合いを見かけた気がして」

俺は車を降り、通り過ぎた道に視線を向けた。
気のせい・・だよな。

彼女の・・蒼の声が聞こえた気がした。
俺の名前を囁くような声が。


「蒼・・」

いま、どこにいるんだ。

あの皮膚科のクリニックは、別の医師が診察していて彼女の姿は無い。
今も医師を続けているのか、それさえもわからないまま時間だけが過ぎた。

足は、もう何ともないか?
元気にしてるのか?

あんまり、頑張りすぎるなよ・・。


『俺が、社長じゃなかったら・・・・蒼を奪って、どこかに逃げてた・・』


あれは俺の本心で、それくらい彼女を愛していた。

愛していた・・。
いや、おそらく今だって。


「社長、すぐ近くにカフェがあったので・・コーヒー、良かったらどうぞ」

「ああ、ありがとう。いただくよ」

高澤からカップを受け取り、ひと口飲みながら空を見上げる。

この空は、どこかにいる彼女と繋がっていて。
上から見渡せたのなら、すぐにでも、彼女を見つけることができるのかもしれない。

最後に会ったのはロサンゼルスだ。
東京に・・日本にいるのかさえ分からない。

でも、居場所を突き止めたところで、俺に何ができる?
自分の置かれている立場を、今更手放すことなんてできないのだから。

「その程度の男だ・・俺は」

小さく呟き、飲み干したコーヒーのカップをギュッと握りつぶした。


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