夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~
「叔父上、それは一体どう言うことですか?」
「おい、毛津、阿椰、お前達も近くにいるんだろう、出てこないか!!」
境部摩理勢はいきなり怒鳴り声を上げて、彼の2人の息子の名前を呼んだ。ここには見張りをしていた人達もなども含めて、大勢の人達が集まっていたのだが、彼の声はその場にいた者たちを一瞬で黙らせてしまった。
そしてその迫力に負けて、それまで人群れの中に隠れていたであろう、彼の息子2人が慌てて姿を現した。
「と、父さま〜!ごめんない!!」
「俺たち、父さまがもっと蘇我で力を持って欲しくて。それで馬子の叔父上達を困らせようと考えたんだ。でもまさか、こんな事態になるなんて思わなくて」
「な、何だって......」
椋毘登は余りのことに言葉を失った。そんなことをしたぐらいで、馬子達が失脚させられる訳もなく、何とも子供の浅はかな考えだった。
「お前達は何で馬鹿なことをするんだ!今度ばかりは目一杯説教するから、覚悟しろー!!」
息子2人「父さまごめんなさい〜」
そういって2人は摩理勢の前にきて、半泣き状態で必死で謝りだした。だがそれぐらいでは父親の彼もさすがに許す訳もなく、当分はかなりの行動を制限させられるだろう。
「ねぇ椋毘登、とりあえず斑鳩寺は守られたわね」
「まぁ、あとは本当の犯人をこの連中から聞き出さないとな」
「でままさか、こんな子供2人まで絡んでくるなんてね」
稚沙は思わず肩をガックリとさせた。自分よりも年下とはいえ、この2人の今後は本当に大丈夫なのだろうか。将来的に蝦夷たちの脅威にならなければ良いのだが。
「な、何だよお前、俺たち蘇我に向かってそんな口を叩いて良いと思ってるのか!」
「そうだぜ。どうせうまく椋毘登に取り入ろって根端なんだろう!!」
(な、何ですって、さっきから聞いていれば......)
自分より年下で、かつ有力者の息子ということで、これまでは大人しくしていたが、ここにきてついに稚沙がキレた。
「何、いいたい事いってくれちゃって!本当に生意気だわ!!」
「ふん、そんなこといったって無駄だぜ」
「そうだ、そうだ!」
毛津、阿椰の2人はそういって大笑いしながら走りだした。その際に「馬鹿女!」とか「やーい子供!」とか散々罵倒を浴びせてくる。
「あーもう本当に腹が立つーー!!」
稚沙も激怒して、思わず2人のあとを追って走りだした。だが彼らの方が足が早いのと、稚沙の着ている裳が邪魔をして、中々追いつくことが出来ない。
そうこうしていると、その場にいた者の1人がふと空を見上げた。するとそれまではずっと曇り空だったが、雲の量がどんどんと厚くなってきて、辺りの景色も徐々に暗くなりだした。
「おい、ちょっと雲行きが怪しくなったきたぞ?」
「確かに、これはひと雨きそうだ」
どうやら天候が大きく変わろうとしているようで、この一帯にも雨が降ってきそうである。その為に皆は帰れる者は帰り、残りの者は雨宿りできそうな場所を探しはじめた。
「おい、稚沙、それに毛津、阿椰もいい加減にしろ!」
椋毘登は大きな声をかけて、3人の追っかけをそろそろやめさせようとする。
そのうちには雷も聞こえだし、いよいよここは退散した方が良くなってきた。
皆がそう思っている丁度その時である。何と稚沙の前にある塔の瓦の屋根に、雷がピカっという音と共に落ちてきた。
それは物凄い雷鳴となって響き、皆は思わず目と耳を塞いだ。
「きゃーー!!!」
稚沙は余りの大きな音と衝撃で、思わず意識が飛んでしまい、その場にパタっと倒れてしまった。そして一気に雨が降り出し始めた。
「ち、稚沙!」
だがその瞬間に雷が落ちた影響で、塔の一部が壊れてしまい、重い瓦が真っ逆さまに落ちようとしている。
(ち、稚沙、嘘だろ...)
厩戸皇子はその場に向かおうとする椋毘登を、慌てて止めようとした。だがその前に椋毘登は稚沙をめがけて走り出してしまった。
「稚沙ー!!!」
椋毘登が稚沙の側にきた丁度その時だ。瓦のいくつかが彼らめがけて一気に落ちてきた。
椋毘登は思わず刀の持ち手を頭の上に出してその衝撃を軽減させつつ、稚沙の体を覆い隠した。だが瓦の欠片がいくつか椋毘登に直撃して、そのまま椋毘登も気を失ってしまった。