ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「拓翔君は月齢の割にしっかりしてるな」

 内心ドキッとしたが、平静を装って「そうでしょうか」と返す。

「ああ。今の拓翔君くらいの頃の甥っ子と比べたら、だけどね」
「そう、なんですね」

 心臓が早鐘を打って、声が震えないようにするので精いっぱいだ。

「さやかによく似ていてすごくかわいい。この子の父親が俺だったらいいのにな」

 心臓がドクンと大きく脈打って、息が止まりそうになった。音を立てて息をのみそうになったが、すんでのところでこらえた。ひざの上の手が小刻みに震えているのに気づかれないよう、ぎゅっと握り締める。

「ごめん。きみにも亡くなったご主人にも失礼な妄想だった」

 私の沈黙を怒りと捉えたのだろう。彼はもう一度「不謹慎だった。本当にすまない」と頭を下げた。
 私は絞り出すように「いえ」とだけ言い、首を振った。

「今日は本当にありがとう。楽しかったよ、あの頃に戻ったみたいで」

 重たい空気を一掃するかのように、彼がワントーン明るい声で言った。

「あの頃……」

 あの頃とは違う。私達の関係も、拓翔のことも、なにもかも。
 だけど、過去に戻れないことくらい、彼だってきっとわかっている。
 
 続く言葉をのみ込むように、唇を噛みしめたとき。

「ずっと後悔していたんだ。あのとき――きみに別れを告げられたとき、どうしてすんなりと受け入れたんだ、もっと食い下がればよかったのにって。他の男になんて渡すものかと言えばよかった。そう気づいたのはアメリカ行きの飛行機の中だった」

 眉をきつく寄せ苦しげにそう吐露した彼に、胸がひどく痛んだ。
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