ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「さやか、頼む。その姿のままで帰すのは申し訳なさすぎる。大事な孫娘を預けてくださったおじいさんの信頼も裏切りたくない」
「でも」

 返答に詰まった。確かにこのまま帰ったら、祖父になにがあったか尋ねられるだろう。祖父には余計な心配をかけたくない。

 せめて薄手のコートでも着て来ていれば隠せたのにと、今さらながら天候のよさが恨めしくなった。

「さやかとおじいさんの信頼を裏切るようなことは絶対にしないと誓うから」

 少しも揺らぐことのない真摯な瞳に腹をくくる。

「わかりました。お言葉に甘えて、着替えだけさせてください」
「ありがとう」

 うれしそうに瞳を細めた彼が〝片手〟を離したとき、エレベーターが到着音を告げた。


 彼の部屋に着いてすぐ、ドレッシングルームを借りた。

 鏡に映った自分を改めて見る。腕と胸から脇腹にかけて、左半身が深紅に染まっている。思っていたよりずっとひどい有様だ。
 これじゃあまるで、ドラマさながらの事件の被害者だ。たしかにこれは祖父に見られなくてよかった。問いつめられるならまだしも、卒倒されかねない。

 着替えた方がいいとわかってはいるが、櫂人さんの家で服を脱ぐことに抵抗感があった。

 思えば、彼の部屋に来るのは初めてだ。昔付き合っていたときに彼が住んでいたのは独身者用の官舎だった。このマンションはアメリカから帰国してから住み始めたのだろう。

 あまりぐずぐずして待たせてしまうのも心苦しい。意を決してファスナーを下ろした。
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