ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 黙って考え込む様子の祖父に自分の気持ちを伝えるのは今しかないと思った。

「三年前、彼からプロポーズされたときは夢かと思うくらいうれしかったわ。私、本当はずっと彼のことが忘れられなかった」

 祖父がいぶかしげに眉根を寄せた。

 プロポーズまでされたのに別れてしまった理由。それを祖父に話すのは心苦しい。
 きっと祖父は自分を責めるだろう。だけど中途半端に事実を隠したままでは、お互いのことを理解するのは無理だと思った。

「私が彼に別れてと言ったの」
「さやか」

 これから話す内容を察した櫂人さんがそれとなく制止する。けれど祖父だけを真っすぐに見た。

「太一くんがいなくなったのに、私まで外国に行くなんてできなかったの」

 祖父のしわだらけのまぶたがみるみる大きく見開かれていく。顔色も変わり、祖父が大きな衝撃を受けているのがわかった。

「私がそうしたいと思ってひとりで決めたことよ。あのときはまだお腹に拓翔がいるなんて知らなかったから」

 私たちが別れたのは決して祖父のせいなんかじゃない。彼との別れはつらかったけれど、それでも〝今〟につながるすべての選択肢を後悔したことは一度たりともない。
 そう伝えたつもりだけど、祖父はなにも言わず黙っている。

 どう言ったらわかってもらえるの?

 逡巡していると、櫂人さんの足にくっついていた拓翔が顔を上げた。

「ぱぱ、だっこぉ」

 両手を伸ばした拓翔を櫂人さんが抱き上げる。拓翔はこの数日間ですっかりパパの抱っこがお気に入りだ。彼の胸に顔をぐりぐりと擦りつけている。どうやら眠たくなったようだ。

 上質なスーツとネクタイを汚してはいけないと思い、抱っこを変わろうと手を伸ばしかけたとき。

「わかった。勝手にしろ」

 聞こえた声に顔を向けると、祖父がうつむいている。「おじいちゃん」と呼びかけたが、こちらを見ようとしない。

「わしが邪魔なら三人でどこへでも好きに行ったらいい」
「おじいちゃん!」

 私の声に驚いた拓翔がぐずりだし、櫂人さんが「さやか」となだめるように背中を叩く。

 そういうことが言いたかったわけじゃない。どうしたら気持ちが伝わるのだろうと、途方に暮れるような気がして涙がにじむ。

 そのとき間仕切りカーテンが音を立てて勢いよく開いた。弾かれるように振り返る。
 そこには青ざめた顔で息を切らして立っている人がいた。

「生きてんじゃねえか、親父!」
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