捨てられる前に、最後にひとつよろしくて?
婚約破棄を告げられまして。


 *

 何の変哲もないとある日。

 その日の午後、とある仕事に区切りが着き、久々に優雅な一時を過ごそうとしていた私だったけれど、突如呼び出しを食らって渋々と動き出していた。

 折角の羽を伸ばせる貴重な時間を誰かに奪われるのは癪だったが、呼び出してきた相手が相手だった。

 その相手はこの国の第一王子である、クラデス・ヴェルサーチ王太子殿下。

 私――公爵令嬢マージュ・ハクスリーの婚約者でもある。

 会うときは必ず事前に約束を交わしているというのに、急に呼び出されるのは初めてのことだった。

 昨晩の事もあったので少々寝不足で、目つきが悪くなっているというのに。


「政略的な婚約者相手に気を遣わなくていいと、殿下も仰っていたし……気にしなくていいか」

 
 貴族令嬢としての自覚が薄いとは分かっていても、私には自分のことよりも優先することがあるのだからしょうがない。

 王宮に辿り着いた私を、殿下の側近であるカイが迎えに来るとバレないように下から上までじっくりと眺めた。

 ひとつ深呼吸をしてからカイの後に続くように歩き、私は殿下が待っている客室へと足を踏み入れた。




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