突然、お狐様との同居がはじまりました

第一話 合ってますか?



「久しいな」


 凛とした声。
 艶やかな黒髪に、涼しげな目元。すっと通った鼻筋の先には薄い唇。

 
 恐ろしく整った顔立ちの男性は――――、


「……あやかし?」


 人とは違う存在、あやかしでした。




◇◇◇◇◇


(おばあちゃん、私高校生になったよ――)


 春、新たな門出を迎える季節。

 乙木蘭(おとぎらん)も、高校の入学式当日を迎えた。
 新しい制服に身を包んだ蘭を叔母の(あおい)は、嬉しそうに見る。



「蘭ちゃん、制服似合ってるわ」

「ありがとう、葵さん!」

「改めて、入学おめでとう」

「うん!」

「さて、そろそろ出発しましょうか」



 葵が玄関で「涼太(りょうた)ー? 行くわよ!」と声をかければ、二階から蘭のいとこである東雲(しののめ)涼太が降りてくる。あくびを一つもらし、まだ眠たそうだ。



「お父さんは後で合流するからね。さ、行きましょう」



 乙木蘭は、幼い頃両親が亡くなりずっと祖母と暮らしていた。


 でも三年前に祖母も亡くなり、今は叔母である葵に引き取られ一緒に暮らしている。葵は結婚しており、蘭と同い年の息子がいた。

 いとこの東雲涼太は蘭と幼少期から一緒に遊んでいたが、思春期と言う事もありこの三年間あまり積極的に話すことはなかった。




 車に乗りこむ前、ふわふわと浮かぶ真っ白な毛玉が蘭の視界の端にうつる。ちょんちょんと、胡麻粒のような目がついている可愛らしい顔をしていた。



(……また見えた。なんだろ、あれ?)



 ここ最近、見えるようになった変な物体。


 それらは毛玉のようなものだけじゃない。


 街中や学校でみかけたものは、どれも形が違っていた。小さな傘に目が一つ付いていたり、蛙かと思えば小さな服を着てひょうたんのような物を持っていたり。



 初めて見た時は「うわっ!?」と思わず声が出た。でもこちらに何かしてくる事もないので、蘭はあまり見ないように過ごしていたのだ。




◇◇◇◇◇


 入学式へ向かうため車を走らせて数分経った車内で葵は「蘭ちゃん入学式が終わったらもう、おばあちゃん家に行くのよね? 寂しくなるわ」とミラー越しに蘭へ喋りかける。



「うん。昨日、色々と荷物も運び終わったから」

「たまには帰ってきてちょうだね?」

「もちろん! 葵さん、わがまま言ってごめんね」

「もういいのよ。謝るの禁止」



 中学三年の夏。
 高校生になったら、祖母と暮らしていた家にどうしてもまた住みたかった蘭は「バイトもするから!!」と直談判した。


 葵の実家でもある祖母の家は、今は誰も住んで居ないが幸いにもまだ手放していない。
 

 まだまだ子供と思っていた蘭を一人暮らしさせるのは……と、否定的だった葵だが、泣きながら懇願する蘭に葵はどうしても断れなかった。


  今の家からも近いため、蘭は葵といくつか約束をして祖母の家での一人暮らしを勝ち取ったと言うわけだ。





◇◇◇◇◇ 



「皆さんの入学を心から歓迎いたします――――」



 入学式も終わり、生徒達は各自教室へ移動してクラスごとに、軽く担任の自己紹介や明日からの説明が行われていた。


 蘭のクラスの担任は滝川恭弥(たきがわきょうや)。若く、顔も整っているが喋れば「あ、この人ダメな大人だ」と一瞬で理解してしまうような人だった。


 第一声が「あー、給料上がんねぇかな」である。



 明日からの説明が一通り終わると恭弥は頭の後ろをかきながら、気だるそうに言った。



「って事で明日、登校初日から遅刻するなよー。解散」

「先生もねー」

「はぁ? 俺はあれだよ、このまま学校に寝泊まりすれば、遅刻なんかあり得ないからね」

「家無いの? 先生」

「寝れればそこはもう家だろ」



 次々に教室中から「可哀想〜」と声が上がり、恭弥の「はい、今言ったやつ全員課題追加な」の一言で次はブーイングがあがった。


 だが「ほれ、本当に追加されたくなかったら、はやく帰った帰った。俺は今から昼飯食べるんだよ!」と腹を押さえた恭弥の悲痛な叫びで、時間的にも皆お腹が空いていたのか素直に解散していく。



 蘭も足早に教室を後にした。恭弥は蘭に一瞬視線を向けたが、気づいたものはいない。

 


◇◇◇◇◇◇


 走らないよう、ぎりぎりの速度で廊下を歩いていると後ろから呼び止められる。振り返れば、可愛らしい女の子がやや息を上げハンカチを握りしめた手を掲げながら小走りで近づいてきた。



「これっ、落としたよ! すぐ追いかけたんだけど歩くの早くて、見失っちゃうかと思った」


 「追いついてよかったぁ〜!」と胸に手をあて呼吸を整えているボブヘアの彼女。


 ハーフアップにされ、ちょこんと後頭部に結ばれている髪の毛が可愛らしい。



「わざわざ、ごめんなさい! ありがとうございます」



 手を差し出せば、彼女はガバッと顔を上げ「敬語なんて良いのに! 私達同じクラスだよね?」とキラキラした瞳で見つめられる。



 そう言われてよく顔を見れば、確かに先程教室で見かけた顔だ。しかし「同じクラスの! えっと……」とまだ名前を知らないことに気づく。



「私、片瀬愛梨(かたせあいり)!」



 愛らしい顔をぐいっと近づけられ、蘭はおどおどしながらも「乙木蘭……です」と答える。



「あ〜また敬語!」



 咎めるような顔の愛梨に思わず「ご、ごめん」と蘭は謝った。



「……ふふ、冗談だよ! でも本当に敬語じゃなくて良いからね蘭ちゃん!」

「蘭ちゃん……?」

「――あ、嫌だった?」

「そんなことないよ!! あの、愛梨ちゃん。このハンカチ拾ってくれてありがとう。大事なものなの」



 祖母から中学の入学祝いにと昔貰ったハンカチだ。今でもお守りのように持っていて、使っていはいない。


 ほっとした表情で蘭がお礼を言えば愛梨は嬉しそうに、にこりと笑った。



「どういたしまして! ところで、蘭ちゃん急いでたんじゃない? 長く話しちゃってごめんね」

「ううん、そんな! 本当にありがとう」

「いいっていいって〜、また明日ね蘭ちゃん」



 「また明日ね」の言葉に嬉しさをおぼえた蘭は、「また明日、愛梨ちゃん」と小さく手を振る。


 それをみた愛梨も嬉しそうな顔で、両手で「バイバイっ!」と大きく手を振ってくれた。その光景に思わず、くすりと笑みがこぼれる蘭だった。





◇◇◇◇◇


 愛梨と別れた後。
 今日から学校の帰り道が変わる。


 どんどんと人気のない道を進み、木造平家建ての一軒家の前に蘭はいた。


 見た目はかなり古く、隙間が風が入りそうだ。玄関へ行くまでの小道の雑草は昨日、荷物を運び込む際ある程度刈ったはずなのに、また生えようとしている。雑草根性とかこの事だろうか。



「うわ、昨日抜いたはずなのにもう?」



 伸びるのが異常にはやいのはなぜだろうか? と蘭は考え、この家は不思議な事が多かったと思い出す。とりあえず、ぷちりと抜きながら玄関に向かい、抜いた草は後で捨てようと横にまとめて避けておく。


 玄関は昔ながらの引き戸。がらりと音を立てながらあけ中に入った。



「……ただいま、おばあちゃん」



 まだ電気をつけていない廊下は薄暗く、誰もいない。


 でも、微かに感じる懐かしい匂いに「おかえり」と今にも、亡くなった祖母が元気に出迎えてきそうだ。


 昨日荷物を運び込んだ時は忙しくて気にならなかったのにと、おもわず泣きそうになった蘭は独り言をもらして気を紛らせる。



「いやぁ、まずはちゃんと庭の掃除しなきゃだよね。昨日運び込んだ荷物! それも片付けなきゃ」



(おばあちゃんの家は不思議だ。亡くなってからの三年間、この家には誰も住んでいないのに部屋には埃が積もっていない)

(時々様子を見に来ていたけれど、あまりに綺麗なものだから疑問に思って『どうして?』と葵さんに聞いてみたら『さぁ……、わからないわ。鍵は私が持ってるし、誰も入っていないもの』と言われた)



 靴を脱ぐため靴箱の上に手を置いた拍子に、こつりと指先に何かがあたる。



「あ、これ――――」



 それはこの家でなぜか唯一ホコリを被り、綺麗にしてもらうのを今か今かと待っている黒い狐の小さな置物だった。




◇◇◇◇◇


 蘭の両親は、まだ産まれたばかりの蘭を残し亡くなった。父は病院に駆けつける途中に交通事故にあい、母は蘭を産んだ直後容体が急変しそのまま亡くなったのだ。


 そんな蘭の親代わりは祖母の桜子(さくらこ)だった。


 桜子は、蘭の母の姉である葵が「私が引き取る」と言っても聞かず蘭を一人で育てた。もちろん葵も、頻繁に様子を見にきてくれてはいたが。


 小学校の卒業を無事見届け、次は中学の入学式。でも桜子は蘭の中学の入学式当日、亡くなった。


 中学三年間は叔母である葵の家で過ごしていたが、祖母との色々な思い出がつまったこの家は蘭にとって唯一の「帰るべき場所」なのだ。



 狐の置物を桜子から貰ったのは昔、桜子と喧嘩をしてしまった――といっても、一方的に蘭が怒ったのだが――九歳のある日のことだった。


 3時のおやつにと、桜子は大福を出した。けれど蘭は「ケーキがいいって言ったのに……、おばあちゃんのばか!」と泣き出し、あげく拗ねてその日は口をきかず寝てしまう。


 次の日、おやつに出てきたのは蘭が食べたかったショートケーキ。桜子は「ごめんね、蘭。おばあちゃん、蘭が言ってたことすっかり忘れちゃってて。一緒に食べよう?」と誘い「蘭、これをあげる。大事にしなさいな」ともらったのが、狐の置物だ。


 今思えば、機嫌をとるためにあげたのだとわかる。


 でも当時は祖母が大切なものをくれたと思い、蘭は大いに喜んだ。




◇◇◇◇◇


「昨日来た時は気づかなかったな……。君も後で磨いてあげるからね」



 靴を脱ぎ、家に上がる蘭。



「さてと、お腹も減ったし先にお昼に――」



「――――久しいな」



 耳触りの良い、凛と通る声が鼓膜に届く。


 振り向けば、着物を着こなしている男が立っていた。


 さらりとした艶のある黒髪。翡翠色の瞳に陰を落とすほど長いまつ毛。


 すっと通った鼻筋の先には、薄い唇。


 この世のものは思えないほど整いすぎた容姿に目が奪われた。が、視線を少し上げれば時折ピクリと動く動物のような耳、視線を下げればふわりと揺れている尻尾。



(綺麗な顔……。――っじゃなくて!)

(久しいなって言った? 私、こんな人知らない…………ってことは)



「ふ、不審者!!」



(てか、耳と尻尾!? そそ、そそそれって本物!?)
 


 なんて今はどうでもいい事が蘭の頭をよぎるが、急いでポケットからスマホを取り出し、110番にかける寸前。先程とはうって変わって不機嫌そうな声で男は喋った。



「誰が不審者だ、誰が」

「ゆ、誘拐ですか? 私、コスプレとか全然した事なくて、私を攫っても、えっ、えっちな撮影会とか無理だと思いま――痛っ!?」



 すらりと長い指で男が繰り出した、華麗なデコピンをくらう蘭。



「落ち着け。……まったく、その忙しなさは誰に似たんだか」



 突然の事にビックリして、自分でもわからず涙が滲む。すると男はそんな蘭を見て一瞬動揺した様子をみせたがすぐに戻り、片眉を上げ蘭を見た。



「……おい、そんなに痛かったか?」

「え」



 蘭を気遣うようなセリフに――男の顔は全くそんなことを微塵も思ってなさそうだが――「だ、大丈夫です」と返し、違和感に「ん?」と首を傾げる蘭。



「……いや、そもそもなんで私デコピンされたの!?」

「つい癖でな。お前こそこれくらいで泣くな、まぎらしいではないか」

「あなた、さっきから何なんですか! いきなりデコピンしてきたり、やっぱり不審者ですよね警察呼びますよ!?」

「勝手に呼べばいい。どうせ奴らに俺の姿は見えない」



(何を言ってるのっ? 私には貴方の姿がはっきりくっきり見えてますけど!)



「もしかしてイタい人――あたっ!」



 一回目の涙も引かないうちに、ニ回目のデコピンをうけ涙目で男を睨む蘭。
 しかし今回は動揺する事なく、呆れた表情をしている男。



「いたい人、とやらの意味はわからんが侮辱されたような気がしてな」

「だからって、デコピンはやめてもらえますか!?」



 蘭は「よーし、決めた通報します」と、再びスマホを構える。



「聞こえていなかったか? 俺の姿はただの人間には見る事が出来ない」

「だから、どうして――」

「まったく……、賢く育たなかったようだな」



 むぎゅっ、と片手で両頬を掴まれ「いひゃい!」と抗議をしても離してくれない。



 男はやれやれといった様子で「よく聞け」と蘭に顔を近づけた。綺麗な顔が迫り、恋愛耐性皆無の蘭は顔に熱が集まるのを感じた。



「俺が、あやかしだからだ」



(――――あや、かし?)  



「は、はひいって!」

「なにを言っているか、わからんよ」



 そりゃごもとっともである。両頬を片手で掴まれタコのような口をした蘭は、うまく喋れるはずがない。


 
 それをわかって言っているのか? と蘭は、男の腕をぐいっと引き剥がす。



「あやかしってなんですかっ!? 貴方、さっきから何言って……」



(――――あれ? でも昔、おばあちゃんが何か言ってたような……)



 黙り込んだ蘭を見て男はため息をつき、やれやれと肩をすくめる。



「もう見えるようになっていても、おかしくないはずだが? 現に、俺が見えているだろう」



(見える? あやかしなんて見えたためしが……もしかしてっ、あの毛玉や蛙の事?)



「……ふ、ふわふわ浮かぶ毛玉に顔がついてたり」

「あぁ」

「道端で見かけた蛙が、おじさんみたいな服をきてひょうたん持ってたり!」

「ふむ」

「耳と尻尾が生えた不審者とか!」

「……」

「これって全部あやかしなの……?」

「……最後のやつだけは言い方が不服だが、それら全てはあやかしだ。通常、人は俺達の姿を認知する事は出来ない」

「え、でもっ」

「お前のように見える人間も、稀だが一定数存在する。桜子もそうだ」



(桜子……おばあちゃん? この人――このあやかしは、おばあちゃんの事を知ってるの?)



「人ならざるもの、それがあやかしという存在だ。基本現世にいる事は少ないが、物好きな奴はいてな。人間に化け普通に生活している者もいる。どいつだったか、現世で有名になった者もいたはずだ」

「あやかしが人として生活って……、家とかどうやって借りるの!?」

「そういう者のために、あやかし専門の店もある。人間だが、桜子も昔そこで働いていたな。人とあやかしの架け橋になりたいと」



(おばあちゃんが、人とあやかしの……?)
(――――知らない事ばかりだ)



「あの……、さっきから桜子って、貴方おばあちゃん――乙木桜子を知っているんですか?」



 男は「あぁ、まだ言っていなかったな。俺がここに来た理由を」と、一瞬目を細めどこか遠くを見たかと思えば、すぐに蘭へと焦点が合わせ口を開いた。



「桜子の事は子供の時から知っているとも」


 
 言葉を区切り、男は「お前の事も……」と言いかけたがその声は小さく蘭には聞こえない。



「……今日ここに来たのも、生前の桜子からの頼みだ」

「おばあちゃんの頼み……?」

「桜子はなんとも面倒な事を俺に押しつけ――――いや、頼んだ」

「?」

「桜子は―――『あの子を……蘭を一人置いて私が先に逝ってしまったら、そばで守ってあげてほしい。葵じゃ、きっと出来ない事が出てくるわ。蘭の幸せを私の代わりに見守って、翡翠』と俺に生前、言っていたよ」



 蘭はその言葉に桜子の顔が浮かんだ。


 いつも優しく、時に厳しく、少し天真爛漫な部分もあった可愛らしい人だった。


 桜子のあたたかさを思い出し目頭が熱くなった蘭の瞳から、涙が一筋こぼれた。


 男は――、翡翠(ひすい)は蘭の涙を指で拭き取り、ぽんと軽く頭を撫でた。



「泣き虫は昔と変わらないな……」



 翡翠が、無意識に言ったであろう一言。


 蘭は「昔」というワードが気になったが、撫で続ける翡翠の優しい手つきに、堰を切ったよう涙がとまらない。



「あれっ……、な、んで」



 自分でも訳がわからず、ポロポロと出てくる涙を手で拭えば、そんな蘭を翡翠は子供をあやすようにぎゅうと抱きしめた。



「っ!」



 咄嗟に突き飛ばそうと体が動いたが、ぎゅうっとさらに強い力で抱きしめられる。でも嫌ではない、どちらかと言えば懐かしいよう切ない気持ちになり、蘭は混乱した。



(知らないはずなのに、なんでこんなに懐かしいのっ……?)



「桜子の代わりにはなれないが、俺がお前を守ろう――――この世の全てから」



 ぽんぽんと一定のリズムで蘭の背中をあやし、蘭が落ち着くまで翡翠は続けた。




◇◇◇◇◇


「落ち着いたか」

「はい。ありがとう……ございます」



 恥ずかしそうに蘭はお礼を言う。
 涙に濡れた顔を見て、翡翠は口の端を緩く持ちあげ「ひどい顔だ」と笑った。



「なっ、悪かったですねひどい顔で!」

「人間はすぐ怒るな」



(誰だってバカにされたら、怒ると思いますけど!?)



「さて……、そろそろ家に上がらせてもらうぞ」



 翡翠が履き物を脱ごうとしたのを見て、蘭は両手を広げ廊下を塞いだ。



「――ちょ、なんでですか!?」

「お前のそばで守るんだ。所謂(いわゆる)、用心棒というやつだな。寝床の用意はそちら持ちに決まっている」



(そ、そういうものなの!?)



「って、私はまだあなたに守られる気なんてありません! 私は一人でも――――」



 グッと顔を近づけ翡翠が一言。



「桜子と約束していたんでな。大事な祖母の願いを断るのか?」

「ぐっ……」



(おばあちゃんを盾に取るなんてずるい! なんてあやかしなの!?)



「でも、おばあちゃんが亡くなったのは三年も前の事です! なんで今更……」

「お前は今まで一人ではなかっただろ? 桜子のもう一人の娘の所で過ごしていたからな」



(……葵さんのこと?)



「そのままそこに居ればいいものをお前が一人、この家に帰ってくると風の噂で聞いた俺は心底悲しんだ。こんな小娘の面倒を見なきゃならんと」



(……色々文句を言いたいワードが沢山があるけど、ええ、あるけども!)



「か、風の噂?」

「そのうちわかるさ。――あぁそうだ蘭、俺に敬語は使うな。お前から敬われると気味が悪い」

「――――はい? 気味が悪い……?」



 敬語を使うと気味が悪いのか? なぜ? と理解で出来ず、ぽかんとした顔で翡翠を見れば、ふっと表情をゆるめ「その顔、小さい頃の桜子にそっくりだ」と言う。


 大好きな桜子と共通点があるのは蘭にとって嬉しいことだ。おもわず表情が緩みそうになったが、翡翠の余計な一言でピシリと固まる。



「蛙の子はなんとやらだ」



 なんて言いながら、愉快そうに笑う翡翠の顔はやはり綺麗で。



(おばあちゃん……)
(いちいち言うことが癪に触る男が家にやってきたんだけど、本当にこのあやかしで合ってますか?)



「というか! 私の名前知って――」

「腹が減った。何か食べれるものはあるか?」

「えっ、あやかしってご飯食べるの?」



 翡翠はフッとバカにしたような視線を一瞬蘭に投げ、すいっと蘭の横を通り抜けて台所へと向かった。


 そんな態度に蘭は拳を握りしめる。



「なんっなの!? ああ、もう腹立つ〜!!」



 こうして、蘭と翡翠――人間とあやかしの奇妙な同居が始まった。





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