突然、お狐様との同居がはじまりました

第二話 アイスと、気配と、授業中と



(ある日突然、あやかしなんて存在が現れて『お前を守る』と言われた人の気持ちってどんなふうだろう? ロマンチック? 怖い? 嬉しい?)



 アイスを食べる翡翠をテーブルの向かい側で、じーと見つめる(らん)


 翡翠(ひすい)が我が物顔で食べているアイスは、風呂上がりに蘭が楽しみにしていた物だ。

 視線が突き刺さる翡翠は、アイスから視線を外さずに言う。



「なんだ」

「……別にぃ? 美味しそうだなぁって」

「そんな事を言っても、やらんぞ」

「そのアイス、元々私の!!」



(その答えは、――腹が立つ! かな)




◇◇◇◇◇


 時間は少し遡り、昼間、翡翠がやってきた後の出来事。


 急に上がり込んできた翡翠のお昼ごはんをどうするか悩まされる蘭。


 昼は手軽にカップラーメンで済ませる予定だった蘭は、うーんと唸る。そもそもあやかしは何を食べるのか。


 買い物袋の中をあさり、晩御飯の食材に紛れ袋の底に、あるものを発見した。



「これ――――、でかした私!」



 デカデカと「新商品」と書かれたパッケージのカップラーメン。新しい味などが出るとついつい買ってしまう蘭が、夜食用にと買っておいた物だ。

 

「これが昼飯か」

「文句があるなら食べなくて良いでーす。私が二つ食べるから」

「まぁ、食べてやらんことはない。どっちが美味いんだ?」


 片方はいつも蘭が好んで食べている豚骨ラーメン。もう片方は激辛と書かれていた。

 それを見た蘭は「ふふふっ」と悪い笑みを浮かべ激辛の方を差し出す。



「こっちが良いんじゃない?」

「……やけに、入れ物が赤いが?」

「まぁまぁ、食べてみてよ」



 お湯を入れ3分待ってから、スープをよくかき混ぜ麺と絡めて翡翠はすすった。



「ほう……悪くない」

「えっ、本当に?」

「あぁ。少し刺激的だが、人間は面白いものを作る」



(なんだ……、辛いの平気なタイプの人、いや平気なあやかし? なのね。辛すぎて『何だこれは!』って、涙目になる姿が見たかったのに残念)



 激辛ドッキリも不発に終わり。

 昼ごはんを食べ終えた蘭は、昨日運び込んだ物の荷解きをしようとしたが翡翠のセリフに片眉を上げた。



「さて、昼寝でもするか」

「何言ってるの? 翡翠も片付け手伝ってよ」

「……なぜ俺が?」

「ただ飯食いはウチにはいりません!」



 しぶしぶと言った様子で、蘭の指示通りに庭の草むしりや荷物の仕分けを手伝う翡翠。その間、翡翠の分の夕食の材料を買い足しに行ったりと、大忙しで時間は過ぎていった。



 夕飯もなんだかんだ言いつつ全て平らげた翡翠に、作った甲斐があると嬉しくなる蘭。



 ――――そして事件は起こった。



 夜、お風呂上がりの蘭は楽しみにしておいたアイスを食べようしたが、ふと思いとどまる。



「あー……でもその前に、明日の準備をしてからにしようっと」



 鞄に荷物を詰め込みプリントのお知らせ確認していると、その間に翡翠も風呂に入ったようで濡れた髪を拭きながら居間に戻ってきた。


 蘭は翡翠の方を見ることなくプリントの文字を追うことに集中していたため、ペリッと何かを開ける音にワンテンポ遅れて顔を上げる。



「……美味いな」

「――それ私のアイスッ!!」




◇◇◇◇◇


 こうして、我が物顔でアイスを食べる翡翠を蘭は恨めしそうに見る事となった。


 明日の準備も終わり手持ち無沙汰な蘭は、翡翠を観察してみる。


 やはりなんと言っても、その綺麗な顔立ちに目がいった。


 昼間でも艶がかっていた黒髪は、お風呂上がりという事もあり、さらに艶を増している。見れば見るほど整っている顔立ちに「あやかしは皆、美形なのだろうか?」と疑問が湧いてきた蘭。



(本当に綺麗な顔。まつ毛も長いし、二重だし、鼻も高い……完璧すぎて作り物みたい)



「……人の顔をまじまじと見るとは。見物料でも取るぞ」

「ならアイス代、払ってくれても良いんだよ?」



 そう答えると、ぷいっとそっぽを向く翡翠に苛立ちがつのる。


 蘭があまりにも、じーーっと見つめたからか、根負けしたのか。
 「はぁ……」とため息をつき、翡翠はアイスを掬ったスプーンを蘭に向けた。



「仕方のない奴め」

「……!」



 (なっ……これって、か、間接キスってやつ――!?)



 スプーンを差し出す翡翠に蘭は混乱するが「はやくしないと溶けるぞ」と急かされ、しかたなく口を開け「意識するな自分っ」と言い聞かせながらアイスを食べた。

 
 舌の上にバニラの甘さが広がりおもわず頬が緩む。

 
 けれどすぐさま、翡翠と同じスプーンだと思い出し顔に熱が集まった。



「どうだ、美味いだろう?」



 こくりと頷いた蘭は翡翠が持つスプーンへ視線をやる。

 すると勘違いしたのか翡翠はもう一度アイスを掬い、蘭へ差し出す。



「ほら、もう一口ほしいんだろう?」 

「いっいらない!」

「意地を張るものではないぞ」

「はってないもん!!」



 逆ギレ、に等しい蘭の態度だが、翡翠はすました顔でアイスを食べ続けた。


 ちらりと蘭へ視線を向ければやはりスプーンに視線が注がれている事に気づいた翡翠は「……あぁ、なるほど」と納得した。


 見せつけるようにわざと、ゆっくり、スプーンでアイスを掬い口へ運ぶ。


 もちろんそれを見ていた蘭は、翡翠のちろりと覗く赤い舌になんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、さらに顔が赤くなる。


 そんな蘭をふっと鼻で笑った翡翠。



「またまだ、子供だな」

「――――!! あ、明日も学校あるからもう寝るっ! おやすみ!」

「明日は何時だ?」

「え?」

「朝、何時に家を出るのかと聞いている」

「――――ま、まさかついてくる気!?」

「当たり前だろう」

「当たり前じゃないよっ。絶対! ついてこないでよね」



 ピシャリと言い、蘭は居間を後にした。


 不満げな顔をした翡翠は一人、溶けかかったアイスを見つめ「人間の娘はすぐに怒るな」と愚痴をこぼした。




◇◇◇◇◇


 ――――抜き足差し足忍び足。

 そうっと部屋から出て、居間へと向かう人影……の正体である蘭は、忍者顔負けの完全に気配を消して移動していた。



「いっ……!!」



 ――というのは、間違えだったかもしれない。


 足の小指を居間のテーブルにぶつけ、悶絶する蘭。


 どうにか声を抑え、翡翠へのメッセージを――『学校行ってきます。ついて来ないでね!』――書いた紙をテーブルの上に置く。

 
(よし。起きてこないうちに、はやく行こう)


 古い木造の家は廊下に足を踏み出しただけで、蘭の体重でもギシリ……と音を立てる。


 大股で歩数を少なくし玄関へ向かい、なんとか辿り着いた蘭は「ふうっ」と息をもらした。



(後は扉を開けるだけ!)



 靴を履き、ガラリと少し戸を開けた。


 朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む様子を想像して顔を上げれば、……冷えた瞳と視線がぶつかった。


 その瞬間、ガララッ! と勢いよく戸を閉める蘭。



(…………ん?)
(そんなまさかね。まだ寝ぼけてるのかも)


 見間違いかもと思い、もう一度戸を開ける。

 悲しい事にそれは見間違えではなかった。



「――――何でいるの!?」

「昨晩、ついていくと言ったはずだが? 驚く事は何もないだろう」



(あれだけ隠密行動してたのに! 恐るべししあやかしの力……)



阿呆(あほう)。もしや、あれで気配を消していたつもりか? テーブルに足をぶつけて?」

「見てたの!?」


(は、恥ずかしすぎるっ!!)


「あれは中々、滑稽(こっけい)……ふっ」



(あやかしって、デリカシーってものを知らないの? ねぇ!!)
(…………もういいや、置いていこう)



 開き直った蘭は戸締りをし、歩き出す。後ろを確認すると、ゆったりとした歩調でついてくる翡翠。



(あぁ、どうか今日一日なにもありませんように!) 




◇◇◇◇◇


 まだ時間も早く、人もまばらな通学路を歩く蘭と翡翠。



「おい蘭、苺大福があるぞ」



 翡翠の目に止まったであろう、和菓子屋の前にあるのぼりには「苺大福」と書かれていた。



「苺大福?」

「買って帰らなくて良いのか」

「苺大福ねー、子供の頃は好きだったけど最近はあんまり食べてないや」



 子供の頃、一時期蘭は苺大福が好きでよく食べていたがある時からパタリと食べなくなった。



(ううっ、なんだか、言われたら食べたくなってきた……)



「……翡翠、食べたいの?」

「別に。まぁ、食べてやらん事もないが」



 と言いつつ、翡翠の視線は苺大福と書かれたのぼりに釘付けだ。



「素直じゃないなぁ! 帰りに買って帰ろうっ」



(可愛いところあるじゃん、翡翠にも)



「蘭よ、お前が食べたいだけでは無いのか?」

「お互い様〜」



◇◇◇◇◇


 朝ごはんを食べずに家を出た蘭は、途中コンビニでおにぎりを買って公園で食べる。


 その後、学校にたどり着いた頃には家を早めに出た――誰かさんのせいで――と言っても、もう生徒達が登校する時間のピーク。


 下駄箱にはたくさんの生徒がいた。
 でも不思議な事に皆、翡翠を避けて通っていく。「もしかして見えてる?」と思ったが翡翠の「そういうものさ」の一言で、「そういうものなの……?」とさらに不思議になったが今は流し教室へ向かった。




「あ! 蘭ちゃんおはよう!」



 ちょうど教室の前にいた愛梨(あいり)が元気に手を振り、蘭に駆け寄る。



「おはよう愛梨ちゃん」



 挨拶を交わす二人を見た後、翡翠はピクリと耳を動かした。すると、蘭達に声をかける人物が現れる。



「おー、そこのお二人さん。遅刻せずに来れたな偉い偉い」

「先生、おはようー!」

「おはようございます」

「ん、はよ。ついでに、俺も褒められたい」

「?? 先生何かしたの?」

「生きてるだけで偉いだろ。褒めてくれ、頼む」

「年下に褒められて嬉しいの?」



 愛梨は中々に鋭いツッコミを入れた。言葉の右ストレートが入った恭弥(きょうや)は、口籠もる。 



「……ほら、大人だって褒められたいんだよ。生きてて偉いねぇ、学校来れたの? 偉いねぇ――って! 俺は模範的な先生だから褒めて!」

「聞いたことないですよ、そんな言葉」



 むしろ模範的どころか、ダメな大人として入学式直後から生徒になめられている恭弥。

 蘭も思わずツッコミを入れれば、恭弥のライフはまだ朝にもかかわらずゼロに近い。



「…………ん? そろそろ授業が始まる時間か。ほら中に入れった入ったー」



 つけていもいない腕時計を見る仕草をし、話題を変えた恭弥に蘭と愛梨は呆れる。



「まだ時間じゃないですよ先生! 職員室に戻ったらどうですか?」



 愛梨の提案に、恭弥は首を振った。



「や、なんかさ職員室って息詰まるじゃん? 教頭先生とか、ぶっちゃけ怖いじゃん?」 

「ねぇ蘭ちゃん、滝川先生って教師だよね?」

「私の記憶が正しければ、私達の担任でもあるよ愛梨ちゃん」

「滝川先生って職員室に居場所無いの?」

「愛梨ちゃん、それは今の先生には酷な話じゃ……」



 案の定、恭弥は胸を押さえ深い傷を負ったようだ。心の。



(だめだ、この先生。本当、よく教師やれてるなぁ……)



 瀕死……というか、もはや生きているのすら不思議な恭弥は、蘭の後ろに視線を一瞬投げすぐにそらした。



「あー……、なぁ乙木(おとぎ)

「っ、はい」



(――びっくりした。名前、覚えてくれてるんだ)



 ちょっと嬉しいかも、なんて蘭が思った時。



「あ、いや、ちなみに担任としてクラスの生徒の名前はちゃんと覚えてるから。けして昨日、あの黒髪ロング女子の名前なんだっけ?  あ、名簿確認したらいいのかってお前だけ覚えたとか、そんな事は決して無いから安心しろ」



(必死すぎて、本当かどうかわからないのが逆に怖い……!)



 蘭の名前を個人的に気になり調べたが、気持ち悪いと思われたくなかった故の言動なのか。

 ――なんにせよ、恭弥にドン引きする蘭。


 じりっと少し後ろに下がれば、軽く翡翠にぶつかってしまい蘭は反射的に謝った。



「っごめん」

「どうしたの蘭ちゃん? 後ろには誰もいないよ」


 
 言われてから、翡翠の姿は他人には見えない事を思い出す。「あはは……、つい癖で! 困っちゃうよねぇ!」と笑い誤魔化す蘭。


 恭弥はと言うと、蘭に距離を取られてまた心に傷を負っていた。自業自得だが。



「おーい、先生から距離を取るなー。ガラスのハートだぞー」


「……蘭、こいつ消すか?」



(何言っちゃってんの翡翠!? ダメに決まってるでしょっ!)



 あらぬ事を言い出す翡翠に、蘭は声を出さずに翡翠を睨んだ。


 しかし、愛梨には翡翠が見えていないため、何もない所を睨んでいる蘭を不思議そうに見る。


 それに気づいた蘭は、「いやぁ、今日も良い天気だなぁ!」と翡翠の向こう側にある窓の外を見ながら言う。



「え、良い天気を見てる顔じゃなくない? 暗殺者の顔だよそれ。大丈夫か、乙木」

「先生、貴方の身のためですよ」

「そういえば、俺トイレ行きたかったんだよ。じゃあまた後で」



 無駄にというか、のらりくらりと修羅場を掻い潜り培った長年の勘なのか、なんなのかよくわからないが、分が悪いと思った恭弥は踵を返し去っていく。



(私達の担任、あの先生で一年間大丈夫なのかな……?) 



 蘭は遠い目をしながら、恭弥の背中を見送った。




◇◇◇◇◇


「よし、ここまでは中学の復習的なやつだぞー。ついてきてるかー」



 朝の時間でのクラス全員の自己紹介も終わり、授業が進む中。
 

 蘭は、中々集中できずにいた。


 窓側の1番後ろが蘭の席だ。
 通常ならラッキーと思える席だが、蘭は後ろにいる翡翠が気になって仕方がない。ロッカーに背を預け腕を組み、あくびをしている。


 蘭はノートの端に『ねぇ、授業中はどこか外にいてくれない?』と書き、それを後ろにいる翡翠が見えるようにした。


 それに気づいた翡翠はノートを覗き込む。



(!!)



 思ったよりも近づいてきた翡翠に――同じタイミングで、黒板に文字を書き振り返った恭弥が『で、次は――ゔゔんっ』と咳き込み『大丈夫かよセンセー』と心配されていたが――蘭はびくりと体が固まる。


 ふわりと、どこか懐かしい香りに昨日抱きしめられた事を思い出し、顔が赤くなった蘭は、ぐいっと不自然に見えない程度に翡翠を押して「離れて」と暗に伝えた。



「なんだ、お前が見せてきたのだろう? ……あとその提案は却下だ。何があるか、わからんからな」



 それだけ言うと翡翠は元の位置に戻り日向ぼっこよろしく、腕を組み目を閉じた。



(寝るんなら別に、ここに居なくても良いんじゃないの? 逆にそれで護衛できるのっ!?)



 心の中で愚痴をたれていれば、ふと視線を感じ蘭は廊下の方を見た。すると、廊下側の1番後ろの席に座った男の子と目が合う。



(わ……、綺麗な顔)



 朝の時間での自己紹介の時は、俯きながら小さな声で喋る子だな、くらいであまり印象は無かった生徒だ。


 今初めて顔をちゃんと見た蘭は、目を丸くする。


 彼は中性的な顔立ちで、明るめの茶髪は――染めているのか地毛なのかわからないが――さらさらと指通りが良さそうだ。


 翡翠もそうだが「なに、美形はみんな髪質が良いの?」と自分の髪質を恨みそうになる蘭。


 全体的に色素が薄く、色白の肌に大きな瞳。ぷくりとした唇は薄ピンクで、とてつもない美少年だ。


 彼は蘭と目が合うと、ふいっと視線をそらした。



(? ……なんだったんだろ)



 結局蘭は彼の名前も思い出せず、そしてその後も視線が合うことはなく授業は進んでいった。




◇◇◇◇◇
 

「全く、トイレくらい一人で行かせてよね……! よし、次ついてくるとか言ったら翡翠の夕飯抜きにしよう」

 

 休憩時間。
 トイレに行こうと席を立った蘭の後をごく自然な流れでついてきた翡翠。


 さすがに蘭はキレた。


 「ついてこないで」と口パクをし、どうにか一人でゆっくりトイレに行く事ができたのだ。


 曲がり角。
 完全に思考の海へと意識を飛ばしていた蘭は誰かとぶつかる。そして派手に尻餅をついてしまった蘭。



「いたた…………あっ、さっきの! ごめんね、大丈夫?」



 蘭とぶつかった相手は、先程教室で目があった美少年だった。さっと飛び起き、手を差し出すが彼は自分で起き上がり無視される。


 役目を成し遂げれなかった蘭の手は、悲しげに――いや、気まずそうに――体の横へと戻っていく。


 そんな蘭を気に留めず彼は何も喋らないまま、じーっと見つめてくる。



(き、きまずい! 私に何か用でもあるの?)



 立ち去る事もせず目の前で視線があったまま(たたず)む彼に、何か喋るべきだろうか? と蘭が考えた所で相手は形の良い唇を動かした。



「ねぇ」



 見た目と同じく(はかな)さを含み、けれど冷たく、まだ声変わりをしていない高い声。



「なっ、なに?」

「……君、なにか最近変わった事とかあった?」



(…………ばりっばりにある。なんなら、この世の全ての不思議を集めたくらい変わった事がありました!)
(――――なんて言えるわけないでしょ!!)



「なっ、何もないよ? どうして」

「別に。じゃ」

 

 食い気味に被せてきた彼は、それだけ言うと踵を返し戻っていく。



「なんだったの……?」


 


◇◇◇◇◇


 人気がない場所で翡翠は蘭の帰りを待っていた。 


 背後からそーっと近づく蘭。気配に敏感そうな翡翠に「バレるかな?」と好奇心がわいてしまった。



「――帰ってきたか。遅かったな、蘭」

「うわぁっ!?」



 あともう少し――の所で振り向いた翡翠に驚き、体勢をくずした蘭はどこかに掴まろうと手を伸ばした。


 ぎゅっと握った何かはふわふわと柔らく毛並みが感じられる。



(…………ん?)


「…………っ!」



 その「何か」は、なんと翡翠の尻尾だった。


 倒れてきた蘭の肩を両手で掴み支えた翡翠、そして蘭の手は近くにあった翡翠の尻尾を掴んだようだ。


 あまりにも尻尾の毛並みがいいものだから、蘭はつい撫でてしまう。



(わぁ、尻尾ってこうなってたんだ! 柔らかいっ…………)


「……蘭」

「あ、ごめん! つい」
 


 ぱっと翡翠の顔を見れば、やや目元が赤い。蘭はそんな翡翠の表情に「え?」と困惑する。



「……お前、いつからそんな破廉恥に育ったんだ?」

「はれっ……!?」



(尻尾を触るのって、そんなにいかがわしい事なの!?)



「……けして、他のあやかしにするな。わかったか?」

「わ、わ、わかった!」



 気まづそうに、んんっと咳払いした翡翠。
 

 しかしすぐに首を傾げ、視線を彷徨わせた後それは蘭の首筋にとまった。



「――ひゃあ!?」



 急に翡翠は、顔を蘭の首筋に近づけて匂いをかいだ。 


 人には尻尾を触るなと言っておきながら、当の本人は破廉恥な行動をするのか! と蘭はパニックだ。



「急になにっ!」

「…………お前、あの小僧と会ったな?」

「こ、小僧?」

「教室に居た奴だ」

「そんな抽象的な……。うーん、会ったと言えば、さっきクラスメイトの子とぶつかっちゃったけど」

「ならそれだ。半妖(はんよう)は珍しいからな、すぐわかる」

「…………ん?」



(今、聞き慣れない単語が聞こえたような)



「ごめん、今なんて?」

「もう耳まで遠くなったか? 半妖――あやかしと人間の間に産まれた子だ」



(はん、よう?)
(――――えぇぇぇぇ!?)





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