突然、お狐様との同居がはじまりました
第三話 半妖の美少年
「半妖って……、それ本当なの!?」
(そんな存在がこの学校に、しかも同じクラスにいるの!?)
「お前に嘘を言ってどうする。つまらん嘘はつかんよ」
「…………も、もしかして、その子も翡翠の姿が見えてるの?」
「まぁ、目が合ったからな。見えているはずだ」
「じゃっじゃあ、翡翠の声も聞こえてたよね?」
無言で頷く翡翠に、蘭は血の気が引いていく思いだった。
なぜなら、授業中ちょくちょく翡翠が声をかけてきていたから。そのため、中々授業に集中できないでいたのだが「まさか同じ思いをさせていた?」と蘭は頭を抱える。
「うわぁぁぁ、どうしよう!」
「どうもこうも、放っておけ。無闇に関わるでない」
「そんなこと言ったって! さっき『最近変わった事あった?』ってピンポイントで聞かれたんだけど……!」
「だから、放っておけと――」
「あっ! 蘭ちゃーん!」
(……愛梨ちゃんっ!?)
振り返ると、愛梨が手を振りながらこちらへ向かってきていた。
「こんな所にいたんだ? もうすぐ休み時間終わっちゃうよ〜」
どうやら姿が見当たらない蘭を探しまわっていたようだ。
「蘭ちゃん、こんな所に一人でどうしたの?」
「……いや、その、道に迷っちゃって! 愛梨ちゃんが来てくれて助かっちゃったなぁ!! 一緒に教室も戻ろっ?」
蘭は翡翠へ「また後で!」と口パクし、愛梨と一緒に教室へ戻る。
一人残された翡翠はその後ろ姿を物憂げに見つめ、ぽつりと独り言をもらした。
「さて、どうしたものか……」
◇◇◇◇◇
愛梨と教室へ向かっている途中、蘭は曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「――――きゃっ!」
倒れながら「今日はよく誰かにぶつかる日すぎない? 厄日かな……」と頭によぎった蘭は衝撃に備える。が、痛みはこない。
「おっと! ごめん、大丈夫? 怪我はない?」
それもそのはず。
ぶつかった相手は、蘭が転ばないように支えてくれた。顔を上げれば、まぶしい金髪が視界に入る。
これはまた翡翠とは系統の違う甘い顔で、非常に整っていた。
左の涙袋にある、ほくろがなんともセクシーだ。
「お〜い、聞こえてる?」
ぽけっと見惚れていた蘭は、ワンテンポ遅れ「聞こえてますっ、こっちこそすみません!」と頭を下げる。その際、上履きの色が自分と違うことに気づき「先輩だ!」と焦った。
「ううん、俺の方こそごめんね? 本当に怪我はない?」
蘭を心配するその表情は、何人もの女子を落としたに違いない顔をしていた。
「はい、大丈夫です!」
「良かった〜。後輩ちゃん、気をつけてねって俺もか」
ふふっと、はに噛む顔も完璧だ。
でも蘭は作り物のように整った顔をした翡翠を見ているからか、耐性がついていたようで少し頬を染めるだけですんだ。
並の女子なら、恋に落ちていただろう。
「おーい、廻。なにしてんの、まーた後輩女子たぶらかしてんのか?」
先輩の友達らしき人がやってきた。
「そんなんじゃないって、俺こう見えて一途だからね〜」
「は? 廻、彼女いねーだろ」
友達がじゃれるように肩を組んできたが、先輩はぺしりとその手を払い「本当にごめん。じゃあまたねー、後輩ちゃん」とウインクをして去っていく。
おろおろと、蘭と先輩のやりとりを見守っていた愛梨は「大丈夫だった蘭ちゃん!?」と心配している。
「うん大丈夫……! それよりはやく教室戻ろっか」
そろそろ本格的に教室へ戻っていなければならない時間だろう。廊下にいる人も少ない。
「そうだね」
二人は急いで教室へ戻った。
「そんでさぁ、って聞いてる廻?」
「んー? 聞いてる聞いてる〜」
「絶対嘘だろ!」
笹木廻。
蘭の一つ上の学年で二年生の彼は、その容姿で女子からの人気が高く、男友達も多い。
廻は友達の話を半分聞き流しながら、笑みを深めた。
「――――面白い子みっけ」
◇◇◇◇◇
昼食の時間。
愛梨と蘭は一緒に昼食をとるため、中庭のベンチへ来ていた。中庭はかなりの生徒の数で賑わっていたが、空いている場所をたまたま見つけ座ることが出来た。
「良い天気だねー、暑いくらい。それにもうお腹ペコペコだ〜。蘭ちゃんはサンドイッチ?」
「うん、今日は時間がなくてコンビニで買ってきたんだけどね……」
「あ、ここのコンビニのやつ美味しいよね! 私も今度サンドイッチにしようっと」
にこにこしながらお弁当を広げている愛梨。蘭もサンドイッチをパクリと一口食べる。
(そういえば、翡翠はどこ行ったんだろ? あの後から姿を見ないけど……)
休み時間が終わり授業が始まっても戻ってこない翡翠は、今もまだ姿が見えない。
(あれだけ『何が起こるかわからない』とか言ってたくせに)
(これなら、別についてこなくても――)
「――ちゃん! 蘭ちゃん!」
「あっ、なに?」
「反対側!! サンドイッチの具が出ちゃ――――あぁっ!」
とっさに愛梨が手を伸ばそうとしたが間に合わず。蘭も腕を伸ばしスカートの上に落ちないよう最善を尽くしたが、ペチャッとスカートの端にパンの間から漏れたソースが着いてしまう。
「うわぁ、やっちゃった……」
(最悪……! もうっ、翡翠のせいだ〜!)
完全なる蘭の不注意だが、その不注意を招いたのは翡翠の事を考えていたためで、あながち間違いでは無い――とはやはり言えない気もするが。
「ついちゃったね……、私がもっと早く気づけばよかった」
「愛梨ちゃんのせいじゃないよ。ちょっとだけだし、水で濡らしてくるね!」
幸いにもついたのはほんの少しだけで、水で濡らした物で拭き取れば綺麗になりそうだ。
「うん、いってらっしゃい」
サンドイッチを置き、立ち上がった蘭の視界には――――ありえない光景が映った。
全速力で人の波を掻い潜りどこかへ逃げているクラスメイト――もとい、半妖の美少年。
その後ろに翡翠――こちらはあやかしの力なのか、体が地面から少し浮いていて余裕そうに追いかけている――が追随していた。
(なっ、なにやってんの翡翠ーー!?)
何がなんだかわからないが、とりあえず蘭も二人を追うように走り出した。
◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁっ……!」
翡翠により半妖とわかった美少年――神白由樹は走っていた。
時折後ろを確認し、その度にまだ追いかけてくるあやかし――もちろん翡翠の事だが――を忌々しげに見る。
(あいつ、まだ追いかけてくるっ…………!!)
息も切れ、自分の体温が上がっていくのを感じた由樹は意識が遠のきそうだった。
ひたすら足を動かし逃げる由樹。
けれど、曲がり角からふいに人影が現れた。
「――えっ?」
「! 危なっ――――」
由樹は咄嗟に足を止めようとしたが疲れた足は思うように動かず、逆に足がもつれ相手に倒れ込む。
「痛ったぁ!?」
由樹が勢いよくぶつかってしまった相手は、なんと蘭だった。
蘭は二人を追いかける前に、急いでスカートについたソースを落としていた。
けれど、その間に翡翠達を見失い、二人が行った方向をうろうろしていたら由樹とぶつかってしまったと言う訳だ。
「蘭、なぜここにいる?」
「翡翠! ……翡翠が、あの子を追いかけていたのが見えたから――って」
蘭の上に倒れたこんだ由樹はピクリとも動かない。心配になり顔を見ると、息がみだれ頬が赤い。
「翡翠、この子に何したの!?」
「……俺をすぐに疑うとはどう言うことだ? こいつが倒れたのは、己の体質のせいだろう」
「体質?」
「詳しくはわからん。本人から直接聞くんだな。…………あぁ、それを見てみろ。妖力が切れたようだ」
翡翠から由樹へと視線を移せば、彼の明るめの茶髪がみるみるうちに、きらきらと輝く白髪に染まって――色が抜けていったのかもしれないが――いく。
「!」
(綺麗な色……。――――でもこんなに目立つ色じゃ保健室に運べなくないっ!?)
「翡翠っ、この子を移動させるの手伝って」
「……まったく。あやかし使いがあらい」
蘭は翡翠に由樹を担がせて、どこか使われていない教室を探しそこへ一旦移動する事にした。
◇◇◇◇◇
水を買って戻ってきた蘭は、床に寝ている由樹の体を支え水を飲ませる。
「ねぇ、飲める?」
「うっ……、ん」
「ゆっくり良いからね」
「蘭よ」
「なに?」
「これが、此奴の名前ではないか?」
いつ制服から抜き取ったのか、パラパラと生徒手帳を見ている翡翠。そこには「神白由樹」と書いていた。
「神白、由樹?」
(髪の毛の色も相まって、雪みたいに素敵な名前)
「……それ、僕のやつ」
「!」
水を飲み終えた由樹は自力で体を起こそうとした。
支えようとした蘭に首を振った後、翡翠の方を見て一瞬びくりと固まったが特に何もなく、蘭に向き直りお礼を言った。
「ありがと。……もう大丈夫」
「でもまだ顔色が悪いよ?」
「だいぶ体温が下がったから、本当に大丈夫だよ。走ったのもあるけど今日は暑すぎ」
4月上旬。比較的過ごしやすい気候だが、今日は少し汗ばむくらいだった。
それにしても、倒れるほど暑いかと言われたらそれほどでもないように思えた。
冷えたペットボトルを握りしめ息を吐く由樹に、翡翠は問う。
「お前……、もしかして雪女と人間の半妖か?」
「!!」
(雪女……って、あの雪女?)
蘭の脳裏に浮かんだのは長い黒髪に白い着物、口からふぅと冷たい息を吐き人を凍らせてしまう女性の姿。
「! ……よくわかったね」
「雪女の種族には、極端に暑さが苦手な奴が多いからな。半妖で力が弱まっているとは言え、このくらいの気温でも暑いはずだ」
「そうだね。――というか、なんで僕を追いかけてたの? それがなかったら倒れてないよ」
暗にお前のせいだ、と主張する由樹。蘭が二人を追いかけたのも、翡翠が由樹を追い回していたからだ。
「それ私も気になってた! 翡翠はなんで、神白君を追いかけてたの?」
「こいつが蘭にとって害がないかを直接確認しようとしただけさ。なのに、近づいたら突然逃げたから追っただけの事」
「だけの事って……。誰だって、知らない強そうなあやかしが近づいてきたら逃げるでしょっ! 僕は殺されるかと思って必死に……! はぁ、馬鹿みたい」
ため息をつく由樹とは真逆に、翡翠は「強そうな」の部分に気を良くしたのか、なぜか得意げな顔をしている。
「とにかく! 全部翡翠が悪いってこと?」
「…………」
納得がいかないのか無言の翡翠。すると由樹が「いいや、勘違いした僕も悪かったかな」と、なんとも大人な対応を見せた。
「そうだ。ねぇ君、名前は」
「私? 私は乙木蘭……って、朝の時間に自己紹介したよね?」
「聞いてないよそんなの。はやく終わらないかなって思ってたし。それに君も、僕の名前覚えてなかったでしょ」
「うっ……、そうでした」
教室で目があった時、蘭も由樹の名前が思い出せず「印象が薄い」と思っていたため、お互い様だ。
「うちの翡翠が色々迷惑かけてごめんね、神白君」
「別に――――」
「そして、つかぬ事をお聞きしますが!!」
「?」
ぐいっと身を乗り出す蘭に、驚く由樹。
蘭は、由樹が雪女と人間の半妖である事がわかった時から、言いたくてうずうずしていた事がある。
「な、何?」
身構えた由樹を蘭はキラキラした瞳で見つめる。
「私と、友達になってくれない?」
「――――は?」
目を見開き由樹はポカンとした顔で蘭を見る。
今、どの流れでそんな結論に至ったのか。
理解できない由樹は、戸惑いなのか何なのか――――突然、自分と友達になってもメリットがないのだと話し始めた。
こちらも、どの流れでそんな結論に至ったのか甚だ疑問だが。
「ぼ、僕っ、暑いの苦手だし。夏なんて海とかプールに行けないけどっ?」
「全然いいよ! って、私もあんまり海とかプール行った事ないし」
対して蘭もそんな由樹に戸惑い、何故か正座をして話を聞いている。「何が始まったんだ」と、翡翠はそんな二人を呆れ顔で見ていた。
「僕、さっきも言ったけど雪女の半妖で、冬以外は基本的に体調悪いこと多いし……」
「それは……、仕方のない事なんじゃ?」
「僕、すっ、素直じゃないし」
「それはむしろ、ある意味美味しいというか。うん」
謎だが、ここだけはやけに食い気味で蘭は言った。
(……ツンデレっていいよね!)
あまりにも真っ直ぐな瞳で見てくる蘭に、由樹はぐっと言葉に詰まる。
「――僕なんかと友達になっても、楽しくないよ。半妖だし、普通じゃない。なのに何で……!」
「私も翡翠連れてるし、十分『普通』じゃないでしょ?」
「っ!!」
――神白由樹は幼い頃から友達が居なかった。
同い年の子は、汗だくになりながら外を駆け回り楽しそうに遊んでいた。だが、由樹はそれが出来ない。人見知りもあり、女の子に混じって遊ぶ事も出来なかった。
つまり由樹は今、不覚にも嬉しかったのだ。
人生で初めて友達ができるかもしれない。しかも、相手もあやかしが見えるし、なんなら本物のあやかしを連れている。
普通じゃない。
おかしい。
そう言われ続けた由樹は、蘭となら。
――――仲間外れではないのだ。
「うーん……。難しい事は抜きにして、私が神白君と友達になりたいって思ったから。それだけじゃダメ?」
心に明かり灯る。小さなそれは、由樹にとっては十分すぎるほどあたたかい。
「……変わってるね、君」
「えっ、嘘! どこが?」
「そう言うところが。……いいよ、友達になってあげても」
「本当っ!?」
「なに、やっぱり嫌なの?」
「まさか。よろしくね神白君」
「――――き」
先程までと違い、小さな声で由樹が喋ったためよく聞き取れなかった蘭。「ん? なに?」と聞き返えせば、顔を赤くし視線を蘭からそらし、少し大きな声でもう一度言う由樹。
「由樹……、って呼んでもいいけど」
もしかしたら、由樹は初めて出来た友達に浮かれているのかもしれない。
勇気を振り絞り言ったのだが、返事がない蘭に恥ずかしくなり「や、やっぱりいい――」と言いかけたその時。
「私の事も! 蘭って呼んで、由樹」
目を見開き「え?」ともらした由樹に「一方通行だった?? もしかして、私の事は名前で呼びたくない!?」とあらぬ方向へ解釈する蘭。
それが可笑しかったのか由樹は笑う。
「ふっ……、なんでそうなるの? 嫌じゃないよ。しょうがないから呼んであげる、蘭」
数秒見つめあった後、どちらからともなく「ははっ」と笑い合う。
蘭は「じゃあ友達になって早速、一つ頼み事があるんだけど……」と希望に満ちた顔で由樹を見つめた。
「何? 僕にできる事なら」
「あのね……雪女の力で、翡翠を凍らせたり出来ない?」
「はい?」
予想外の頼み事に目を丸くする由樹。
「――――おい蘭。聞き捨てならない言葉が聞こえたが、俺の気のせいか?」
「私が学校に行ってる間だけで良いから! お願い由樹!!」
「俺を家に置いていくつもりかっ」
がしっと、蘭の頭を片手でつかむ翡翠。
「ぎゃあっ!」
「悪知恵だけは働く頭はこれか? ん?」
「痛いってば! ゆっ由樹、笑ってないで助けてよ!」
どうにか腕を外そうと格闘する蘭、抵抗されてもビクともしない翡翠の二人を見て、笑いを耐え切れなくなった由樹はついに大きな声をあげた。
「……はははっ!」
「由樹っ!?」
「はぁー、面白い。君達、いつもそんな感じなの? あやかしってもっと怖いかと思ってた」
笑った拍子に出た涙をふきながら、由樹は言う。
蘭からしたら、今まさに翡翠は怖い存在だが笑いながら言う由樹の顔はとても良い笑顔をしていた。
「この凶暴性を見てそれが言えるの!?」
「凶暴なのはお前だろう、蘭。俺を凍らせようとしてくる人間など、末恐ろしい」
「そろそろ離してくれても良くない!? 友達に、凍らせてほしいって頼んで何が悪いのよ!」
「まだ言うか。よほど、仕置きされたいらしいな蘭?」
「ひいっ!」
「ふっ……あはははっ!! はー、面白い」
「だから助けってってば、由樹!」
「あ……、そうだ。盛り上がってる所悪いけど、ちょっと良いかな?」
「?」
蘭と翡翠は動きを止め、由樹を見る。
「僕さ、半妖と言っても氷で誰か凍らせたり出来ないんだ。暑いのが極端に苦手なだけ」
由樹の言葉に、水を打ったように静かになる教室。
「だから、ごめんね? 蘭」
ぎぎぎ、と音がつきそうな動作で蘭は翡翠と顔見合わせた。
すると翡翠は勝ち誇った笑みを浮かべ「さて、どうしてやろうか?」と暗に言っている。
蘭は今すぐにでもこの場を逃げ出したい思いでいっぱいだ。
「でもまぁ……、一緒に何か良い方法を考えてあげなくもないけど」
「由樹様ぁ!」
「ははっ、なにそれ」
「蘭への仕置きは、家に帰ってからとして。お前達、そろそろ戻らねばならんのではないか?」
翡翠の一言に、今度は蘭と由樹が顔を見合わせ「あ」と声が重なる。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
(愛梨ちゃん待たせてたんだ!! や、やばい)
「わ、私戻らなきゃ! 友達待たせてるのっまた後で!」
猛ダッシュで出て行く蘭を見届け、空き教室に残った二人はしばし無言でいた。
「ねぇ、蘭行っちゃったけどついていかなくていいの?」
「侮るな、すぐに追いつくさ」
「……あのさ」
「なんだ」
「…………安心してよ。半妖だけど、僕は本当に力も無いし、妖力と言っても髪の色を変えられるくらいなんだ」
由樹がそう言うと、きらきらと輝く白髪は徐々に色を変えていき最後には明るい茶髪になる。
「中途半端な変化のみ、使えると言う事か」
「そ。だから蘭に危害を加える事はないよ」
「……」
「あやかしってもっと人間に興味なくて、冷たいものだと思ってた。昔からあやかしが見えた僕は、よく狙われたし」
「だろうな。よく今まで生きていたものだ」
「だからこそ、意外だね。あんたがそうやって蘭のそばにいる事が」
「色々事情があってな。気になるなら蘭に直接聞けば良い」
「まだ、そんな仲じゃ……ないし」
「あいつはそんな事、気にせんよ」
「そう――――、かな」
「うじうじ悩むな。俺はもう戻る」
「じゃあ、僕もそろそろ……」
「お前は体調が良くなってから戻れ」
「!」
由樹は翡翠の言葉に驚く。
先程まで普通にしていた由樹だが、やはりまだ本調子とはいかなかった。その事を見抜いた翡翠は、由樹を気遣って言ったのだろう。
「……ありがと」
「礼などいらん」
「素直じゃないね」
「お互い様だ」
◇◇◇◇◇
「愛梨ちゃん!」
中庭のペンチにやっとの思いで戻ってきた蘭は、一人で座っている愛梨に声をかける。
蘭に気づいた愛梨は、一瞬ぱあと顔を輝かせたがすぐにぷくっと頬を膨らませた。
「おっそーい蘭ちゃん!」
「ごめん! えっと……」
(なんて説明したらいいんだろうっ!?)
由樹の事を正直に言うわけにはいかず、口籠る蘭に愛梨はため息をつき「早く食べないとお昼終わっちゃうよ」と優しく言う。
「明日はちゃんと一緒に食べようね。約束だよ?」
「――愛梨ちゃん!」
思わずぎゅっと抱きつけば「もう蘭ちゃんてば、ズルい」と、笑いながら蘭を抱きしめ返す。
「ほら蘭ちゃん、急いで食べなきゃ!」
「んぐっ、ふっくりはへはいほ〜!」
「はい、お茶も飲んでっ」
愛梨のアシストもあり、なんとか胃に残りのサンドイッチを詰めこんで教室へ戻った。
◇◇◇◇◇
実に慌ただしく濃い一日を終え、家に帰りついた蘭は靴を脱ぎながら言う。
「……今日は色々あった1日だったなぁ。新しい友達もできたし」
「楽しかったか」
「うん、もちろん! あ、でもサンドイッチを急いで食べたから、午後の授業の時キツかった……」
美味しかったからまた今度ゆっくり食べたいと笑顔で話す蘭に、翡翠は「そうか」と返す。
「お前は、そうやってお気楽そうにしておけ」
「え?」
「マヌケ面がよく似合う」
「はぁ!? それ褒めてる?」
「さて、どうだかな」
むすっと不服そうに頬を膨らませた蘭だが、急に「あ!」と声を上げた。
「なんだ、急に大声を出して」
翡翠より先に家に上がった蘭はくるりと振り向き、とびきりの笑顔を咲かせた。
その笑顔に一瞬、目を奪われる翡翠。
「おかえり、翡翠!」
(おばあちゃんがいた頃は毎日、私が学校から帰ってくるとこうやって笑顔で迎えてくれたんだよね)
(だから――――)
「どう? マヌケ面より、笑顔の方が似合ってるでしょ?」
自信気にこちらを見てくる蘭に、翡翠は目を細め眩しそうに見る。
そして、翡翠にしては珍しい柔らかな微笑みを浮かべた。
「あぁ……、そうだな。ただいま」
(……っ、なにその優しそうな顔)
ふと翡翠は、懐かしい記憶が蘇った。
昔、子供だった蘭を桜子がぎゅうっと抱きしめて「おかえり」と言っている光景だ。
突然、無言で近づいてくる翡翠に身構えた蘭だが、ぎゅうと、どこか懐かしい香りにつつまれ抱きしめられた。
「おかえり、蘭」
「!! ――――ただいま、翡翠」
おかえり。
ただいま。
そんな短いやり取りだが、蘭はじわりと心があたたかくなった。