突然、お狐様との同居がはじまりました

第八話 近づく距離

 

 愛梨は、蘭と翡翠を交互に見比べる。



「えっと……この耳が生えてる人が、あや……かし? なの、蘭ちゃん?」

「……うん。そうだよ」



 蘭の言葉を聞いても、頭にハテナを浮かべている愛梨を「詳しい話をしたいから上がって」と居間に連れていく。


 そして「あやかし」とは、「なぜ、翡翠がこの家にいるのか」を丁寧に説明した。





◇◇◇◇◇◇


「――――て、ことなの。今まで黙ってて、ごめんね」



 一通り喋り終え、蘭は愛梨の顔色を伺う。テーブルの向かいに座る愛梨は、蘭が話し終えてもまだ喋らず俯いている。



「……、きゅ、急にあやかしとか言われても困るよね?」

「…………」



 まだ愛梨から反応はない。


(あぁ……、やっぱり言わない方がよかっ――)



「――――あやかしって存在するんだねっ!? すごい!」

「えっ?」

「あのっ、翡翠……さんってお呼びして良いですか?」

「好きに呼べば良い」

「翡翠さんの他にも、たくさんあやかしっているですかっ?」

「もちろん、かくりよでは沢山のあやかしが暮らしているが……」



 愛梨は目をキラキラさせ、あの翡翠を引かせるほどの圧で次々に質問していく。



「愛梨ちゃんっ! 私のこと、おかしいって……普通じゃないって思わないの?」


 思わず口を挟めば、愛梨はきょとんとした表情を浮かべ、次ににこりと笑う。



「なんで? だって、蘭ちゃんがせっかく私に大事なことを打ち明けてくれたんだよ。友達として、こんなに嬉しい事ないでしょ?」

「…………!」

「私だって全然普通じゃないし! いつもお母さんに怒られちゃってるよ? あんたは鈍臭いんだから〜とかね」



 ――蘭は、自分が由樹に言った言葉を思い出す。



《私も十分『普通』じゃないでしょ?》



 蘭が思っている事がわかったのか、翡翠は蘭にこう言った。



「まさに類は友を呼ぶ、だな」

「…………だね」

「何なに、なんの話?」

「愛梨ちゃんが、最高の友達って話だよ」

「えぇっ? 急にそんなに褒めてっ、何も出ないよ? もうー」



(なんで私、怖がってたんだろう。愛梨ちゃんは、いつだって愛梨ちゃんで。大切な友達なのに)



 和やかな雰囲気が流れる中、ピンポーンとチャイムが鳴る。



「あ、由樹達来たかな? ちょっと行ってく――――」

「蘭は座っておけ。俺が行く」

「え、でも」



 蘭は、あやかしが見えない廻がいる事を気にかけた。



「あのね、廻先輩っていう人はあやかしが見えないから、私が」

「その必要はない。奴も、俺の姿が見えている」

「え…………、えぇっ!?」

「愛梨と茶の用意でもしておけ」



 愛梨は「はーい」と返事をしているが、蘭は中々衝撃から立ち直れない。



(廻先輩はあやかしが見えている? なんで、翡翠はそのことを知ってるのっ?)

(……ああっもう!!)



「わからない事が多すぎるーー!!」

「蘭ちゃん、ご乱心だね」

「だねー??」



 愛梨の言葉に呼応するように喋った人物。



「わあっ!?」

「あたし、座敷わらしの澪緒。よろしくなのー」



 いつぞやの蘭の時と同じく「澪緒」と書かれた紙を掲げている澪緒。


 そしてぺこりと頭を下げて、そこからきゅるるっと上目遣いで愛梨の心を落とした。



「……かっっわいい!!」



 愛梨はしゃがみ、澪緒に目線を合わせて自己紹介をする。



「はじめまして、澪緒ちゃん! 私は片瀬愛梨、愛梨って呼んでね」

「あいり、蘭の友達?」

「うんっ! そうだよ」

「じゃあ、澪緒とも友達ー」


 ぎゅっと抱きついてくる澪緒に、愛梨はでれでれだ。




「小僧どもを連れてきたぞ、蘭」

 
 そこに、由樹達を迎えに行った翡翠が戻ってきた。ぞろぞろと入ってきた男子達に、「今お茶持ってくるね!」と蘭は台所へ急ぐ。


 廻はそんな蘭の背中へ「お構いなく〜」と声をかけた。



「こいつはいらないらしいぞ、蘭」

「社交辞令じゃん。もう意地悪しないでよ、ひーちゃん」

「ひー……? お前はこの家の敷居をまたげただけでも、ひれ伏して感謝するんだな」

「えぇ、まだアレを根に持ってる? アレはさ、ひーちゃんを盛り上げるためのジョークだって。俺、この間謝ったじゃーん」

「減らず口を叩くな。おい由樹、こいつを凍らせろ。でなければ、今すぐ俺がこいつを燃やしてやる」

「翡翠、君さ蘭と同じことを言っているよ。僕は誰かを凍らせたり出来ないって言ったよね?」



 廻は、蘭のために翡翠を煽ったあの日以来、翡翠から毛嫌いされていた。正確には、あの後謝りに行っていてどうにか誤解は解けている。


 でも完全に許した訳ではないので多少口は悪いが、……二人の間に険悪な雰囲気はない。

 

「ちっ」

「え、今ひーちゃん舌打ちした?」

「気のせいだ」



 ――ぎゃあぎゃあと、うるさい二人はおいといて。


 涼太の姿を発見した澪緒は、シュパパパッと突進していく。



「涼太ー、久しぶりなのー!」

「おう。って、そんな前でもねーだろ」



 涼太に抱っこされた澪緒は、隣にいる由樹をじーっと見つめ「あ!」と声を出す。



「知ってる、ゆきだー!」

「! 僕のこと知ってるの?」

「うん、蘭から聞いてる。『つんでれゆき』でしょ?」

「ツン……デレ……」

「神白、おまえツンデレなの?」

「違うし! 蘭が勝手に言ってるだけだからね東雲!?」

「おー、そういうことにしとく」

「ちょっ、本当に違うからっ!?」



 なんとも賑やかな勉強会――いや、お泊まり会になりそうだ。





◇◇◇◇◇


 昼間はちゃんと皆でテスト勉強をした蘭達。廻だけは先輩面で「ここやったわー、懐かしー」と言うが、いざ教えてくれと頼むと「ん?」以外言わないのだから、困ったものだ。




 そして、少し日も落ちてきた時間。



 蘭達は、中庭でバーベキューの準備をしていた。皆それぞれ食材を持ち寄り、豪華な夕飯だ。



「バーベキューだー!!」
「いえーい!! 片瀬ちゃん決まってるね〜」
「ばーべきゅー、いえーいなの!」



 一際テンションの高い三人。
 澪緒は両手にお皿を持ち準備万端、愛梨と廻はカチカチとトングをならし「はやく焼こうっ! 蘭ちゃん!」と楽しそうだ。



「あ、廻先輩! 野菜も焼かなきゃダメですよー?」

「バレた? 片瀬ちゃんよく見てるね〜。よし、じゃあ俺が焼く野菜を特別に食べさせてあげよう涼太くん」

「自分で食ってください、てか、気安く下の名前で呼ばないでください」

「お肉ばっかり食べてちゃダメでしょ、涼太くん! 先輩は、可愛い後輩が心配〜」

「それ自分のこと棚に上げて言ってます?」



 意外と、と言うか涼太と廻は気が合う――訳ではないが、こうして会話をしている事が多い。


 この間までお互いを知らなかったはずなのに、廻のコミュ力の高さ故か。



「翡翠そっちは焼けた?」

「あぁ、焼けたぞ」

「ね、僕に頂戴?」

「ちょっ、それは私が食べるから由樹は駄目!」

「どっちでもいいでしょ。翡翠、このお皿に入れて」

「私のお皿に入れて翡翠!」

「うわっ、お、押さないでよ蘭っ!」



 美味しそうな食べ物の前では、さすがに由樹でも子供っぽくなるみたいで、蘭と揉み合いになった。


 というのも、この二人は食べ物の因縁――由樹のサンドイッチを一口食べた蘭――がある。



「……うるさい。言い合いになるのなら、これは俺が食べる」



 無常にも、美味しそうなお肉は翡翠の胃袋へ放り込まれた。



「ああっ!」

「ああっ! ……蘭が食い意地はるから食べ損ねちゃったんだけど、どうしてくれるの?」

「……あ、愛梨ちゃーん。お肉焼けた〜?」



 ぎろりと睨む由樹の圧から逃げ、愛梨の元へ行く蘭。



「はい、蘭ちゃん。焼けてるよ」

「やった――――」



 愛理が差し出したお皿に盛られているのは、美味しそうなお肉はもちろんだが野菜の比率の方が圧倒的に多い。



「野菜もちゃんと食べなきゃだめだよ、蘭ちゃん?」

「だめよー? 蘭。澪緒は野菜、ちゃんと食べてるの」

「は、はい……」



 にこりと笑っているのに怖い。
 蘭は愛梨の真髄に触れた気がした。


 むしゃむしゃと野菜を食べながら由樹を見れば、勝ち誇った顔でお肉を頬張っていた。



(くぅ……、良いなぁ!)



「たくさん食べてね、蘭ちゃん?」



 追加の野菜が蘭のお皿に盛られ、蘭は慄く。



(愛梨ちゃんには悪いけど、お肉っ、お肉を沢山食べたい! ……そうだ)



 蘭は、すすすっと涼太の隣に移動し涼太が見ていない隙に、さっと野菜を涼太のお皿へ移動させた。



「…………おい、入れやがったな? 蘭」

「なっ、なんのこと?」

「あの先輩と、やってる事変わんねーぞ」



 そう言われ、廻を見た蘭。
 蘭の視線に気づいたのか、廻はピースつきでパチンっとウィンクを投げてきた。



「それはちょっと、うん。……ごめん、涼太」

「わかればよし」

「野菜、自分で食べるから返し――」

「あ?」



 野菜を返してもらおうとしたが、涼太はすでに野菜を食べていた。



「……肉食べたいんだろ? これは俺が食うから、片瀬に肉貰ってこいよ」

「――ありがとうっ、涼太!」



 こうやって最後に優しい所は、昔と変わらない。


 蘭は涼太に感謝をし、愛梨の元へお肉を貰いに行った。





◇◇◇◇◇


「いやぁ、食べ過ぎちゃったー」

「澪緒もお腹いっぱーい」



 バーベーキューの片付けをしてから縁側に座り、みんなでデザートとしてアイスを食べていた。



「でもアイスは別腹だよね、蘭ちゃん。私、アイス大好きなんだー」

「そうそう、別腹だよアイスは!」



 廻達、男子組が買ってきたアイスは数種類あり蘭はソフトクリームの形をしたアイスを選んだ。



「涼太ー、それ一口ちょうだい?」

「自分のがあるだろ」

「涼太くん、ケチケチしないの。ほら、澪緒ちゃん俺のあげようかー?」

「いらなーい」

「ふっ、廻先輩嫌われてますね」

「神白くん、それは言わないで」



 皆がわちゃわちゃとしている光景を見ていた蘭は、頬が緩む。



(すごく楽しいな……。昔はこの家に沢山の人が来るなんて、想像も出来なかったのに)



 祖母の桜子と蘭の二人で暮らしていた頃は、この家はとても広く感じていた蘭。

 
 思い出に浸っていると、翡翠に呼ばれる。



「蘭」

「ん?」

「溶けかかっているぞ」

「ええっ、どこっ?」



 どこか探そうと動いたのが悪かったのか、溶けかかっていたアイスがコーン部分をつたい、持っていた方の手の指についた。



「ここだ」



 それをぺろりと、舐めとった翡翠。



「――――っ!」



 幸いにも二人を見ていた人おらず、恥ずかしい場面を目撃されてはいない。



「……あ、りがと」

「ちゃんと見て食べろ、またこぼすぞ」

「うん」



 ひんやりと冷たいアイスは、顔に集まった熱を冷ますのに丁度いい――。





◇◇◇◇◇



「愛梨ちゃんと澪緒ちゃんは私の部屋で寝るとして、部屋割りは由樹と廻先輩、涼太が一人で居間で良い?」 

「僕、この人と同じ部屋嫌なんだけど」

「そんな事言わないでよ、神白くーん」



 夜、誰と寝るかの部屋割りを決めている五人。翡翠は一人部屋のため、ノータッチだ。



 廻と同室になりかけている由樹は、本気で嫌がる素振りを見せ「東雲っ、お願いだから変わってくれない?」と涼太に懇願した。



「悪りぃな、俺も嫌だ」



 廻は一体何をしたのか。
 後輩に嫌われている――いや、好きの裏返しなのか? それとも本当に嫌われていて、雑に扱われているのか?



 真実はわからないが……、ここで涼太は新たな火種を落とした。



「てか、悠々と一人部屋を使うやつがいるでしょうよ」

「……本当だ、翡翠っ! 君さ、先輩と寝てよ」

「俺の部屋は立ち入り禁止だ」



 ぴしゃりと言う翡翠に、敗北が濃厚と感じ取った由樹は引き下がり、次に涼太へ提案する。



「じゃ、じゃあ! 東雲、ここはじゃんけんで決めようよ」

「はぁ……、恨みっこなしだぞ?」

「うん! いくよ、最初は――――」



 勝利の女神はどちらに微笑むのか。



 果たして、勝敗の行方は――――。




「…………最悪だ」

「よしっ! じゃ、僕は一人部屋ね」

「俺は涼太くんと同じなのね、よろしくっ」

「マジで嫌だ」

「文句言わないの、先輩命令〜」

「ちっ」

「ねぇ今舌打ちした??」

「耳悪いんじゃないすか」

「俺まだ16歳だよ? もう?」



 こうして部屋割りに一悶着ありながらも、どうにかおさまった。





◇◇◇◇◇◇


 居間に置いてある机を端にどかし、布団を敷いていると涼太は廻に話しかけられた。



「で、涼太くん」



 ニヤァと笑う廻に、「これ絶対面倒くさいやつだ」と涼太の直感がそう告げていた。



「なんすか」

「君さ、蘭ちゃんのこと好きでしょ?」

「! ……どこからそんな情報が入ってくるんだか」



 廻は「先輩だからねー」と言いつつ、「まぁ、態度見てたら僕レベルにはバレバレだけど」と内心で思っていた。



「で? 告白しないの?」

「あんたには関係ない事だろ」

「はやくしないと、ひーちゃんに取られちゃうよ?」

「…………」

「黙っちゃって、かーわーいーいー」

「っ、近いっ!」


 涼太の肩をだき「とにかく、君なら大丈夫。ほら、恋愛は当たって砕けろだよ」と廻はウィンクをした。



「――――いや、砕けちゃダメだろ」

「あ、ほんとだー」

「それ煽ってんすか? それとも、……本当に今が正気なら病院行ってください」

「俺はいつだって正気だよ。失礼な」



 しかし「まぁでも、さっきのは煽ったけどね、てへ」と付け足した廻に、涼太はカチンときた。



「……おら、さっさと寝ろ! ダメ先輩」



 パシッと枕を廻に投げつける。が、それを器用に避ける廻にさらに苛立つ涼太。



「やーん、後輩が冷たーい」

「よけるなっ、寝ろ!」



 埒があかない、と電気を消して布団に入った涼太に「え、もう寝ちゃうのー。ねぇねぇ」としつこく話しかける廻。


 だが徹底的に無視をしていると、さすがに飽きたのか廻も布団に入り、しばらくして寝息が聞こえてきた。




《はやくしないと、ひーちゃんに取られちゃうよ?》




「……そんなこと、俺が一番わかってる」







◇◇◇◇◇



「あれ?」



 隣で眠る愛梨と澪緒を起こさないよう部屋を出てトイレに行き、なにげなく立ち寄った縁側で翡翠が一人酒を楽しんでいるのを見つけた。



「翡翠、……まだ起きてたの?」

「あぁ。最近は飲んでいなかったんだがな、今日は特別だ」

「そうなんだ?」

「蘭はまだ酒が飲めないな。その時がきたら、盛大に祝ってやる」

「ふふっ、ありがとう。そうだ、お酒注いであげようか?」

「……めずらしく気が利くな。どうした?」

「珍しくって……。今日はなんだか、浮かれてるって言うか。すごく楽しいの」

 

 翡翠の差し出した杯に、お酒を注ぎながら蘭は今日の出来事を振り返る。



「翡翠……、愛梨ちゃんのことありがとう」

「……たいした事はしていないが?」

「私にとっては、たいした事なの」



 愛梨にあやかしが見えることを打ち明けたのは、蘭にしたらすごく大事なことだった。



「それにね。この家に、こんなに沢山の人が……友達が、遊びにきてくれるなんて思わなかった。昔は、私とおばあちゃんしか住んでなかったからさ」

「にしても、多過ぎやしないか? これじゃ、子守とかわらん」

「子守って……。ははっ、まぁ翡翠にしたら私達はすごく子供だろうけど」



(子守って思っていても、こうやって付き合ってくれる翡翠は優しい……)



「あのさ、本当にいつもありがとう翡翠」

「――なんだ急に。体調でも崩したか?」

「私、一人でこの家に住むって決めてたけど、きっと本当に一人だったら寂しくて毎日泣いてたかも。でも、翡翠が居てくれたから寂しくなかったっていうか…………。もちろん、澪緒ちゃんもね」



 静かに蘭の話に耳を傾けている翡翠は、月明かりに照らされてとても綺麗だ。



「由樹だって、友達になったきっかけは翡翠のおかけでもあるって言うか。……だから、ちゃんと翡翠に感謝を伝えてなかったなぁって。本当にありがとう」



 微笑む蘭に、翡翠は口を開いたがすぐに閉じて、なにやら考えている。



「……お前から、縁が繋がっていっただけのこと。俺は何もしとらんよ」

「もう素直じゃないなぁ、翡翠は」

「なんのことだか」



 ふふっ、と笑い合った二人は、お互いなにかを喋る訳でもなく静かな時間が流れる。



 その間も翡翠はお酒が進んでいた。



「――――蘭よ」

「んー?」

「……由樹の時もそうだが、確かめず闇雲に首を突っ込むでない」

「うっ、……急になに?」

「もしも、由樹が危険な半妖だった場合どうするつもりだった?」

「だから、それはごめんって謝ったでしょ? ……それに由樹は良い人だったし」

「それと、やっかいな小僧にも絡まれおって。……お前は愛想を振り撒きすぎなんだ、俺にだけそうしていば良いものをお前はなぜか、俺には反抗的な態度ばかり」
 


 翡翠にしては饒舌で、次から次へと蘭に不満を漏らす。




「ちょっ、翡翠? ちょっと飲み過ぎなんじゃない? そのくらいに――」



 こちらを向いた翡翠のとろんとした瞳が、蘭のそれを捉えた。



「……そうだ。はじめから、こうしてしまえば良かったのか――――」

「?」



 ふわりと、翡翠のいつもの匂いに微かに混じる酒の香り。


 それに気づいた時にはもう――――目の前に翡翠の顔があった。



 
 翡翠は、蘭の唇に自分のそれを重ねる。



(…………えっ?)



< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop