突然、お狐様との同居がはじまりました

第七話 この世で一番いらない忘れ物



 真剣な眼差しの涼太に、蘭は困惑する。



「なに、それ……。だって、あんなにそっけなかったし……」

「悪かったなそっけなくて。……俺もガキだったんだよ」



 涼太の手から蘭の髪がこぼれ落ちる。
 手持ち無沙汰になった手で、蘭の頬に優しく触れた。


 ピクリと震えた蘭に、一瞬手が止まるがすぐにまた頬を撫でる。



「あの頃は、ばあちゃんが亡くなって、急にお前が一緒に住むことになって。色々と心の整理が追いつかなかった」

「…………」

「でも憔悴してるお前に何か言わなきゃって。けど結局、何も言えない自分に腹が立った。舌打ちだって、俺自身にだ」

「……私に、じゃなくて?」

「傷付いたような顔をする蘭を見たら、つくづく自分に嫌気がさした。あの頃の俺は、お前を前にすると、素直になれなかったんだよ」



 愛おしそうな涼太の視線に、蘭は気づいているだろうか。


 
「お前がそっけなくなってから、まずいと思った。けど、そんな簡単に態度を変えられねーし」

「ま、待って。じゃあ……涼太は私の事――」



 蘭の言葉の続きを待つように、涼太の手が止まる。真っ直ぐに蘭を見つめた。



「嫌いじゃないってこと?」

「……あぁ」

「そっか……良かったっ……、私も好きだよ」

「っ!」



 涼太は蘭の言葉に息を呑む。


 自分の思いを全て出してしまいたい衝動にかられ、口を開こうとした――が、蘭の一言に踏みとどまる。



「涼太は大切ないとこだし、家族だから」



 目を見開いたかと思えば、ぎゅっと眉を寄せ不機嫌そうな顔をした涼太に首を傾げる蘭。



「……お前な。ったく、ありえねー」

「わっ、なに!」



 盛大なため息をついた涼太は、ぐしゃぐしゃと蘭の頭を撫でまわした。



「やめ、やめてってば! 髪が絡まる!」

「絡まれ、存分に」

「はぁっ? ちょ、本当ヤダ――」



 その時。


 スパァァンと、音を立てて開いた襖。


 二人は驚き、襖の方を見れば顔を覗かせたのは……翡翠だった。



「――蘭に何をしている? 小僧」





◇◇◇◇◇


「――――誤解だってば翡翠!」

「ほう?」



 絶賛、蘭と涼太は居間で正座をさせられていた。そして翡翠の誤解を解こうと必死になっている蘭。



「そっちの小僧はどうなんだ」

「…………別に? 俺はどう捉えてもらっても構わないけど」



(なっ! 何言ってんのよ涼太!?)



 話をややこしくしている涼太に、蘭は心の中で悲鳴をあげる。



「……蘭よ、お前は部屋に帰って先に寝ろ。この小僧とは二人で話がある、澪緒」

「あーい、行くよ蘭」

「えっ、ちょっと!」



 いつ起きたのか、寝ていたはずの澪緒が現れ、手を引っ張られて蘭は自分の部屋に連れて行かれた。


 蘭が居間から居なくなると、翡翠は涼太に冷ややかな視線を向ける。



「……近頃の人間の小僧は、盛って仕方がないのか?」



 涼太は、馬鹿にしたように言葉を発する翡翠をぎろりと睨んだ。



「あんたこそ、蘭の事どう思ってんの」

「どう、とは?」

「とぼける気か? はっ。あやかしなんて信用ならないね。蘭の事、遊びなら関わるのやめてくんない?」

「…………なんだと?」 



 もしもこの場に蘭が残っていたのなら、二人の険悪さに倒れていたかもしれない。
 それほどまでに冷たく、重たい空気がこの場を支配していた。



 押し黙る翡翠に涼太は「なにも言い返せねーのかよ」ため息をついた。


 やっと口を開いた翡翠は、唸るように低く冷たい声を出した。



「――あまり、あいつに気安く触れてくれるな、小僧」



 それだけ言うと、この場を去ろうとした翡翠。涼太は立ち上がり、その背中に言葉を投げる。
 


「……だから、蘭の事どう思ってんだよ」



 一瞬立ち止まった翡翠。


 振り返り、涼太に視線を向けただけで何も言わずに居間を出た。

 

「なんだよそれ……」



 誰も居なくなった居間で、涼太はしゃがみ込んだ。



 苛立ちと、言い得ぬ不安。
 そんな表情を浮かべた涼太は、強く拳を握る。



「スカしてんじゃねぇよ、あやかしのくせに。俺の方が――――クソッ」




◇◇◇◇◇


(気まづい……)


「…………」



 蘭は、無言で食べる続ける翡翠と涼太に視線を向け、なんとも言えない雰囲気の中、朝ごはんを食べていた。




 地獄のような朝ご飯の時間を終え、食後のお茶でも……となりかけた所で澪緒が「涼太ー、澪緒とあそぼ?」とせがんだ。



「ん? あー、ごめん無理だな。この後用事があるし、そろそろ帰るわ」

「え、そうなの? 夕方まで居るかと思ってた」

「もう来なくていいぞ、小僧」

「ちょっと翡翠っ!」



 蘭に諌めらても反省を見せない翡翠。


 そんな翡翠を見て、挑発的な顔で「あんたには関係ないだろ、居候さん?」と涼太は言い返す。



 とバチバチな二人にお構いなしで「やだー、涼太とあそぶのー!」と暴れはじめた澪緒。



「澪緒ちゃんっ、涼太にはまた今度遊んでもらおう?」



 暴れる澪緒をだっこし、どうにかなだめる蘭。それでも気がおさまらない澪緒に、涼太は近づきお互いの小指を絡ませた。



「また来たら遊んでやっから、な? 今日は帰らせてくれよ」

「むー……、絶対?」

「おう」

「絶対の絶対。破ったら涼太、翡翠とお風呂入ってね?」

「なんであいつが出てくんだよ。……絶対嫌だから、死んでも守るわ」



 澪緒は蘭におろしてもらい、ピタッと涼太の足にくっつき「じゃあね、涼太ー」と名残惜しそうに言った。


 涼太が頭を撫でると澪緒は「むむむー」と言いながら離れる。それを見計らい、荷物を持って涼太は玄関に向かった。


 蘭も「送るよっ」と後について行き、翡翠と澪緒もその後ろに続く。



「……別に、見送りは蘭と澪緒だけで良いんだけど?」

「礼儀を知らん若者と違うのでな、俺は」

「はっ、よく言うぜ」



 疑う目で翡翠を見た涼太は、ため息を一つつき蘭に向き直る。



「じゃあな。飯うまかった」

「そ、そう? 嬉しい……また遊びにきてね涼太。澪緒ちゃんとの約束もあるし」

「またねー、涼太ー」

「おー」



 涼太の視界に蘭の隣で、しっしっと追い払う動作をしている翡翠が映った。



「…………あー」

「?」

「そういや、忘れ物があったわ」

「何を忘れたの? 私が取ってこようか――――っ!」



 涼太の忘れ物。



 それは、翡翠にとってはこの世で一番いらない忘れ物だった。



 涼太は蘭の腕を引っ張り、抱き寄せて柔らかな手首の内側にキスを落とした。



「……じゃ、またな蘭」



 顔を真っ赤にした蘭を見て、翡翠に勝ち誇った表情で一瞬視線を向ける。そして踵を返し、帰っていった涼太。



「? 涼太の忘れ物ってなんだったのー、ねぇ蘭」



(な、なななな何が起こったの――――!?)



 頬を両手で押さえ、顔を赤くする蘭。


 それを不機嫌そうに見つめる翡翠と、一人訳がわからない澪緒。



「ねぇ、翡翠ー。蘭、どうしたの?」

「あのクソガキ……」

「?」



 自分の余裕の無さが、さらに自分を苛立たせる――。



 翡翠は言い表せない感情かは、心を落ち着かせるのに精一杯だった。






◇◇◇◇◇



 休み時間。
 蘭は今、席に座る由樹を愛梨と囲み楽しく談笑中。


 
 翡翠はと言うと、近頃休み時間になると気づけば姿を消してどこかに行ってしまう。



 蘭は「……もしかして、やっと気を遣ってくれてる?」と解釈しているが、実際のところはわからない。

 

「ねぇねぇ、蘭ちゃん!!」



 いつもよりテンションが高い愛梨に、蘭は「どうしたの?」と首を傾げるが続けられた言葉に納得した。



「ゴールデンウィークーだよ!」

「そういえば、もうすぐだね」

「三人で一緒にお出かけしない?」



 二人の会話を話半分で聞いていた由樹は、頭数に自分も含まれているとわかり驚きを隠せない。


 
「ちょ、片瀬さん。もしかして僕も人数に入れてない?」

「? もちろん、神白君と蘭ちゃんと私の三人だよ!」

「ひゅー。由樹、女子二人に囲まれてモテモテだね」

「そのうち一人は蘭だから、ノーカウントでしょ」

「はぁ!?」

「もう! そうやって、二人共すぐ喧嘩するんだから」


「由樹が先に!」
「蘭が突っかかってくるから!」


「でも息ぴったりなんだよね、二人は。ふふっ」



 楽しそうに笑う愛梨に、蘭と由樹は顔を見合わせ脱力する。



「でも僕、外に遊びに行くとかはちょっと……」

「じゃあ、うちに来る?」



 蘭は咄嗟に口をついて出た言葉に「しまった」と焦るが、顔には出さない。


(翡翠をどう説得しよう……)



「蘭ちゃん家? たしかおばあちゃんの家に一人で住んでるんだよね」

「えっ? うん、まぁ、……多分?」



 事情を知っている由樹が、小声で「誤魔化し方下手すぎ」と言ったのが聞こえたが無視を決めこむ蘭。



「でも良いの? 蘭ちゃん、迷惑じゃない?」



(翡翠には愛梨ちゃんの話をよく家でしてるし、由樹の事も嫌ってなかったから大丈夫……まぁなんとなる、よね?)



「大丈夫、大丈夫! テストも近いし、ゴールデンウィークは三人で勉強会と洒落込もうじゃないの!」



 勉強会と称してはいるが、実際はただのお泊まり会になりそうな雰囲気だ。



「僕も泊まるのっ?」



 蘭の家に泊まる話が出た時点で、また自分には関係ないと油断していた由樹は「僕、男だし」と遠慮する。



「うちには翡翠もいるし、大丈夫。由樹はむしろ女子カウントだよ」

「はったおすよ、蘭」



 蘭は由樹だけに聞こえるよう小声で言うが、余計な一言のせいで由樹の機嫌を損ねてしまった。



「冗談だよ。それくらい可愛いって事、由樹のわからずや〜」

「……はぁ、わかった」

「神白君も来てくれる?」

「うん。……まぁ、僕も友達の家に泊まるとか、その、した事ないし興味あるって言うか……」



 照れたように喋る由樹、それに蘭と愛梨は微笑ましいものを見る視線を向けた。



「やったぁ! じゃあ、ゴールデンウィークは蘭ちゃんの家で泊まりで勉強会だね!」

「そうだ愛梨ちゃんっ。夜は、パジャマパーティーしよ――――」

「楽しそうな話をしてるね?」



 聞き覚えのある声に、蘭は前を向く。すると「やぁ」と、廊下側から教室の窓枠に肘をつき手を振る廻の姿が。



「げっ……」

「んー? げって、酷いなぁ蘭ちゃん」



(神出鬼没すぎる、この先輩!)



「で、何話してたの?」

「……三人でゴールデンウィーク遊ぼうって話してただけですよ、廻先輩」

「へぇ蘭ちゃん、片瀬ちゃんと神白くんと仲良いね」



 二人の名前を知っている事に驚き、「二人とも先輩の知り合いなのっ?」と聞けば、 愛梨と由樹は揃って首を横に振る。



「……先輩、もしかして全校生徒の名前知ってます?」

「ふふ、蘭ちゃん面白いこと言うね? んな訳ないでしょ」



 最後、馬鹿にしたように鼻で笑われた蘭は軽く廻を睨んだ。



(ほんとに腹立つなぁ! この先輩!)



「何してんだー、お前ら」



 もうすでに四人、とかなりの密集度だがそこに恭弥も加わった。


 
「先生! お泊まり会……じゃない、テストも近いし勉強会の話してたんです!」



 そう言う愛梨に「いいなぁお前ら。青春してんじゃん、やべ泣けてきたわ」と遠い目をした。



「……んで? お前は何で一年の教室の前に居るんだ、二年生」

「やだなぁ、二年が一年の教室に遊びに来ちゃいけない校則なんてないでしょ?」

「はーん、もしかして友達居ない感じか?」



(デリカシーなさすぎるよ先生!?)



「笹木、お前一年の時めっちゃ友達居たのに。そうか、ふーん。……慰めてやろうか?」



 恭弥はなぜか「親近感がわいたわ」と廻の肩に手を乗せようとしたが、触れる前にぺしっと払い落とされる。



「ははっ、まさか。友達居なかったのは滝センでしょ?」

「おまっ! なんで俺が学生時代ぼっちだったことを!」

「居なさそうな顔してるもーん」

「……くっ、言い返せねー」



(先生、そこは言い返しましょうよ……)



 恭弥に勝ち誇った顔を向けた後、何かを思いついた廻はニコリと笑い蘭に向き直る。



「そうだ。ねぇねぇ、他にも誰か誘わない?」

「にもって、……いつの間に先輩が来る事が決まってるんですか!?」



 蘭のツッコミもお構いなしに「んー、誰が良いかな? あ、そうだ。蘭ちゃん、いとこくん呼びなよ」と提案する。



「蘭ちゃん、従兄弟いるの?」



 愛梨は蘭に聞いたつもりだったが、なぜか問いに答えたのは廻。



「あれ、片瀬ちゃん初耳ー? 蘭ちゃんのいとこくんはなんと、この高校に通っててクラスは違うけど一年生〜」

「本当、どこからその個人情報を入手するんですか先輩……!」



 怖いを通り越して呆れも通り越し、一周回ってまた怖くなってきた蘭。



「まーとにかく。蘭ちゃんと片瀬ちゃん神白くん、そして蘭ちゃんのいとこくんと俺、五人でお泊まり会決定ね」

「お泊まり会って、遊びじゃないんですよ!」

「蘭、さっきパジャマパーティーがどうとかって」

「だまらっしゃい、由樹」



 由樹は「なんで僕が、そんなに言われなきゃいけないのさ」と不服そうな顔をした。



「よし、今からいとこくん誘いに行こう蘭ちゃん」

「ええっ、今からですか!?」

「レッツゴー」



 休み時間も後わずかなのに、蘭は廻に肩を抱かれ涼太のクラスへと連れて行かれた。




「行っちゃった……。私達、蘭ちゃんを追いかけなくてもいいのかな?」

「まぁ、なんとかなるんじゃない?」

「……ねぇ、慰めてもらって良い?」



 まだその場にいた恭弥は、愛梨と由樹にそう頼むが「嫌です」と声を揃えて言われてしまった。




◇◇◇◇◇


(うっ、なんか他のクラスって入りにくい……)



 涼太のクラスまで来たものの、涼太に声をかける事が出来ないでいた。



「蘭ちゃん、ほら声かけなよ」

「わっ、わかってますよ!」



 と、言ったものの注目を集めたくない気持ちが大きくなり、中々言い出せない。


 うじうじしていると、そんな蘭に気づいたのか涼太が教室から出てきた。



「そんな所でなにやってんだ、蘭」

「いや、その……」

「君が蘭ちゃんのいとこくん? カッコいいじゃん。俺ほどじゃないけど」

「……なんだこいつ、蘭の知り合いか?」

「蘭ちゃんとはマブダチやってまーす。2年の笹木廻、よろしくね」



 蘭の肩を抱き寄せ「いえーい」とピースをする廻に、蘭は即座に否定した。



「マブダチじゃないです、誤った情報を広めるのはやめてください先輩!」

「はいはい、恥ずかしがらない。で、本題だけどさ」

「?」

「いとこくん、お泊まり会来ない?」

「はい?」



 頭にハテナを浮かべる涼太に、蘭は改めてゴールデンウィークの予定を説明し、最後に「でも、もう予定入ってたら断ってもいいからっ」と付け加える。



「待てよ、この先輩も来んの?」

「もちろん! 楽しそうだし。ね、蘭ちゃん」

「先輩、他に友達居ないんすか」

「ははっ、……君は普通に友達が沢山居そうだから滝センみたいに貶せないし、ムカつく〜」



(この人何言ってるの!?)



 蘭は「じゃっらそういうことだから! ……ほら先輩、行きますよっ」と、廻の背中をぐいっと手で押す。



「蘭ちゃんってば、そんなに俺と二人きりになりた――いたたた、蘭ちゃん力強いって」



(この先輩、ちょっと雑に扱ってもいい気がする)



 蘭は、はやくも廻の扱いを心得たが果たして、先輩である廻はそれで良いのか疑問だ。



「……蘭」



 涼太に呼ばれ蘭は振り返えった。



「その泊まり俺も行くわ。――――また遊ぶって、澪緒とも約束したしな」

「…………うん。わかった!」



 
二人は教室を後にした。




◇◇◇◇◇


 待ちに待ったゴールデンウィーク。
 


「愛梨ちゃんっ、こっちこっち!」



 家の前で待っていた蘭は、曲がり角から愛梨が見え手を振った。



「あ! 蘭ちゃーん!」


 
 よく見ると愛梨は大きなバッグに、リュックサックと中々に大荷物だ。


 ちなみに今回は皆の予定を調整して、一泊二日の勉強会となった。



「愛梨ちゃん、荷物たくさん持ってきたね?」

「夜、みんなで遊ぼうと思って色々持ってきたの!」



 でもちょっと多かったみたい、と言いながら愛梨は「あれ? 他のみんなは?」と蘭に問いかける。



「まだ来てないんだよね。由樹はなんか、廻先輩と涼太と合流してくるってさっき連絡きたよ」



 「さ、とりあえず上がって」と言い、二人は玄関に向かう。



「古い家だけど、中は綺麗だから安心してね」

「ううん、凄く素敵なお家だよ? お邪魔しま――――きゃっ!」



 靴を脱ぐ際、荷物が重くバランスを崩した愛梨は前に倒れそうになった。



「愛梨ちゃんっ!」



 蘭は手を伸ばすが、その前に誰かが倒れる愛梨を支える。



「――――あれっ?」



 なんと、とっさに手を伸ばしたのは翡翠だった。


 当の本人は反射的に手を伸ばしたらしく、翡翠は「やってしまった」と顔を顰める。



「私、なんで……?」



(ナイス翡翠っ! でも愛梨ちゃんには見えてないから……、あぁっ、やっぱり不思議がってる!)



「ららら蘭ちゃん、わわわ、わ、私の腕誰かに掴まれてる感覚がっ……!!」



 プチパニック状態の愛梨に、蘭もどうしていいかわからず慌てた。



「蘭。愛梨一人に、俺の姿を見せるのは造作もないぞ」



 そう提案した翡翠に、蘭は悩む。



(愛梨ちゃん、翡翠を見たらなんて言うかな……。そもそも、あやかしが見えるって言って嫌われたらどうしようっ!!)



 ぐるぐると負の感情が頭をめぐる。


 ――が、蘭は悩むことをやめた。



(……うだうだ悩んでても仕方ないよね。私は愛梨ちゃんを信じる)



 頷く蘭をみて、翡翠は何かを短く口ずさむと、きょろきょろしていた愛梨の視線が翡翠に向けられた。



「…………??」
 
「――――類は友を呼ぶというが、あまり蘭に似ない方がいいぞ、愛梨よ」



 愛梨は大きな瞳をこれでもかと開き、驚きに固まる。



 突然目の前に人が現れたら、それは驚くだろう。しかもただの人ではなく、美形のあやかしだとしたら驚き度は倍増だ。



 案の定、愛梨は「らっ、蘭っ、ちゃ」と呂律が回らず蘭に助けを求めた。



「愛梨ちゃん、落ち着いて聞いて。……今、目の前にいるのは、――――あやかしなの」


「あや、かし? ………えぇぇぇぇっ!?」




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