政略結婚は純愛のように〜子育て編〜
「今日の沙羅はどうだった?」
 
小さな沙羅との生活は、単調に思えて実のところそうではない。日に日に大きく成長し、表情もどんどん変わってゆく。それを時間のある時に、彼に報告するのが由梨の楽しみのひとつだった。
 
たいていはたわいもないことだ。
 
今日一日よく笑ったとか、拳をずっと見つめていたとか。
 
でも彼はそれらひとつひとつを嬉しそうに目を細めて聞いてくれる。
 
彼の意識が家庭に向いたことにホッとして、由梨は口を開いた。

「今日は秋元さんと一緒に、お義父さんのところへ行きました」
 
彼の父親、加賀隆信(たかのぶ)である。
 
隆信は、脳梗塞で倒れて身体の自由が効かなくなって以来、同じ市内にある二十四時間看護付きの施設に住んでいる。そこへ行ってきたのである。
 
すぐ近くにいるとはいえ別々に住んでいることを、寂しいと由梨は思う。自分の父親をすでに亡くしているから尚更かもしれない。
 
看護と介護を担う人材を屋敷に派遣してもらえば、加賀家に帰ってくることもできなくはないようだが、それを本人は望んでいないのだという。
 
倒れた自分に代わって、若くして重責を背負う息子が仕事に専念するためだ。自宅に絶えず人が出入りする環境は避けたいと思っているようだ。
 
それ自体は由梨が口出しする問題ではないだろう。

でも『新婚夫婦の邪魔になってはいけない』と言っていたと小耳に挟んでからは申し訳なく思っていた。
 
沙羅が生まれる前は隆之と一緒に時々顔を出していたが、出産後、沙羅が2カ月を過ぎてから、秋元とともにちょくちょく顔を見せに通っている。
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