さくらの記憶
やがて栗林と北斗は、仕事の話を始める。

さくらは、美味しいステーキを頬張りながら、なんとなく聞き流していた。

(んー、このお肉最高!めちゃくちゃジューシー!はあ、口の中で溶けていくわー)

うっとりと目を閉じて美味しさを味わっていると、ふと視線を感じて目を開ける。

正面に座っている北斗が、慌ててうつむき、肩を震わせていた。

(ん?もしかして、笑ってる?)

すると、隣の席の栗林が、写真を数枚見せてきた。

「ねえ、さくらちゃん。これ見て」

さくらは、ナイフとフォークを置いて、失礼しますと写真を受け取る。

「うわー、綺麗な風景ですね」

緑の山々と広い空。
川や森など、いつの時代の写真だろうと思ってしまうような、のどかな自然の風景だった。

「あれ?これって…」

何枚か見ているうちに、さくらはその写真が、祖母の田舎の風景だと気づく。

「ん?さくらちゃん、見覚えあるの?」

栗林が聞いてくる。

「はい。私の祖母の暮らしている田舎です」
「えー?!そうなの?」

栗林がのけ反って驚く。

「じゃあ、おばあさんって、神代さんのことご存知かな?地元だと有名な方だから」
「はい。ここの自然が守られているのは、大地主の神代さんのおかげだって言ってました」
「そうなんだ!やっぱり。それにしても、凄い偶然だね。さくらちゃんは、この写真の場所に行ったことあるんだね?」
「ええ。ちょうどゴールデンウィークに行ってきたところです」

栗林は、しきりにへえーと頷いている。

「ますますさくらちゃんには、俺のサポートをお願いしたくなったよ。今ね、神代社長と、この辺りの土地活用について話をしていたんだ」

今度はさくらが、えっ!と驚く。

「あの土地を、開発するんですか?」

すると、北斗が口を開いた。

「自然を壊したり、大きな建物や娯楽施設を作るつもりはない。あの地を、自然と共に人々が暮らせる場所に変えていきたいと思っている」

さくらは、北斗の話に耳を傾ける。

「あそこで暮らしている人々は、ほとんどが高齢者だ。空き家もどんどん増えている。都心に住んでいる親族が、その空き家を継ぐことはなく、手放すにしても、地価は下がる一方だ。私はあの土地にこそ、小さな子ども達に住んでもらいたいと思っている。自然の中で心豊かにのびのびと育ってもらうことが私の願いだ。そのためには、町作りが必要だ。最低限の家と学校、病院やスーパーなど、暮らしやすい環境を作っていきたい。かと言って、今暮らしている人達の生活に、悪影響があってはならない。そこは慎重に意見を聞きたいと思っている。おばあさんは、何かおっしゃっていましたか?」

さくらは、祖母の言葉を思い出す。

「祖母は、昔からあそこに住んでいた訳ではなく、子どもが自立したあとに、あの地に移住しました。ここにいるとなぜだかホッとする、帰るべき所に帰ってきた気がすると言っていました。神代さんが、色んな話を断り自然を守ってくれていると。でも、コンビニくらいは、もっとあってもいいかなって言ってましたけど」

それを聞いて北斗は、ふふっと笑う。

「確かに。それは私も思います」

そして、真剣な眼差しでさくらを見る。

「ぜひまた改めて、おばあさんにお話を聞かせてもらえるかな?」
「はい。いつでも」

北斗は、微笑んで頷いた。

さくらは、久しぶりに見る北斗の笑顔にドキドキし、顔を赤らめてうつむいた。
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