さくらの記憶
「美味しい!」

シチューをひと口食べて、パッと笑顔になったさくらに、祖父はにこにこと笑いかける。

「そうかそうか、そりゃ良かった。シチューは、わしの得意料理でな」
「とっても美味しいです!身体も温まるし、なんだかホッとしました」

そう言って微笑むさくらに、祖父は、うんうんと頷く。

「今夜はここでゆっくりしなさいね。何も心配しないでいいからね」
「ありがとうございます」

さくらは、改まって頭を下げた。

食事のあと、北斗は2階へさくらを連れて行く。

「この部屋を使って。トイレと洗面所は、この廊下を真っ直ぐ行って右側にあるから」
「あ、はい。ありがとうございます」

そう言いながら、さくらはキョロキョロと不安そうに辺りを見回している。

「どうかした?」
「あ、いえ、あの。おうちの中がとても広くて、その、どっちから来たのか分からなくなっちゃって…」
「この廊下を戻って、左に曲がった所の階段を上がって来たんだけど…」
「え?!左から来ました?私、右に曲がったような気がしたんですけど…」
「そうだよ。来る時は右に曲がったから、帰る時は左に曲がるだろ?」
「ええー?!どうしてそうなるんですか?」

どうしてって…と、北斗は面食らう。
そして、ぷっと小さく吹き出した。

(そうだった、さくらってこういう感じの子だったな)

懐かしさに、ふと笑みがこぼれる。

さくらは、まだ辺りを不安そうに眺めながら、恐る恐る声をかけてきた。

「あの、すみません。出来ればお二人と近いお部屋にして頂いてもいいでしょうか?なんだか凄く、怖くて…ごめんなさい、わがままで」

本当に怖いらしく、自分の両腕をギュッと掴んでいる。

(そうか。今は何も記憶がない状態だもんな)

北斗は頷くと、さくらを別の部屋に案内した。

「ここは、俺の部屋の隣だ。それに、小さいがバスルームやトイレも部屋の中にある。夜中に廊下に出る必要もない。それと、何かあったらベッドの横のこのドアをノックしてくれ。俺の部屋に繋がっているから。あ、内側から鍵も掛けられるからな」

さくらは、ホッとしたように頷いた。
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