さくらの記憶
第一章 日常
「さーくらー、おはよう!」

駅の改札を出て会社へと向かいながら、小さくあくびをした時、後ろから声をかけられて、さくらは振り返る。

「あ、(はるか)。おはよう」
「なーに?朝っぱらから眠そうね。寝不足?」
「うーん、最近、明け方に妙な夢見て目が覚めちゃうの」
「どんな夢?」

会社のエントランスに入り、セキュリティーゲートにIDカードをタッチしながら、遥が聞く。

「んー、なんかね、ぼんやりとした男の人」

遥に続いてIDをタッチしたさくらがそう言うと、遥が怪訝そうな顔を向ける。

「なにそれ。誰なの?」
「さあ、よく分からない。でも毎回同じ人みたいなの。最初は、ぼやーっとしてたのが、だんだんはっきりしてきて、今日は顔がなんとなく分かって」
「ふーん。でもやっぱり誰だか分からないの?」
「そう」

遥は、人差し指を口元に当てて考える。

「可能性としては、二つあるわね」
「え?なに?」

さくらは、遥と並んで歩きながら、思わず顔を覗き込む。

「1つは、デジャヴみたいなもの。会ったことない人なのに、なぜだか知っているような気がする。で、もう1つは…」

もう1つは?と、さくらは前のめりになる。

遥は、ニヤッと笑ってさくらを見た。

「単なる欲求不満」
「はあ?何それ」

大きな声を出してしまい、近くを歩いていた人に振り返られたさくらは、慌てて首をすくめた。

「もう、遥ったら。変なこと言わないでよ」

小声で咎めると、遥は、だってそう思うんだもーん、と軽い口調で言った。

エスカレーターで2階に上がり、更衣室に入ると、二人して同じ制服に着替える。

「何ならセッティングしてあげようか?合コン」

ロッカーの鏡を見ながら首元にスカーフを結んだ遥が、さくらを見る。

「結構ですよーだ」

さくらもスカーフの形を整えながら、唇を尖らせて答える。

「意地張らないの!そんな妙な夢を見るのは、彼氏が欲しいって潜在意識の中で思ってるからだって。ね?あ、それなら今夜の合コン、一緒に行く?飛び入りでもオッケーだよ」

「本当にいいったら。さ、仕事仕事!」

さくらはパタンとロッカーを閉めると、まだ何か言いたそうな遥の背中を押しながら、更衣室を出た。
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