さくらの記憶
『…くら、さくら!』

夢の中で、遠くから自分を呼ぶ声がした。

(はなさん?どこにいるの?)

いつもなら姿を現してくれるのに、どんなに待っていても現れない。

(どうしたの?なぜ何も言ってくれないの?)

さくらは、徐々に目を覚ます。

すぐそばに、目を閉じて眠っている北斗の顔があった。

さくらは、ゆっくりと身体を起こして、桜の木を見る。

(はなさん、尊さん?どうかしたの?)

心の中で語りかけても返事はない。

「おかしい…」

なぜだか胸騒ぎを覚えて、さくらは立ち上がる。

胸元をギュッと掴みながら、1歩ずつ桜の木に近づいた。

両手でそっと幹に触れた、その時だった。

『さくら!』

悲痛なはなの叫び声が頭の中を突き抜ける。

(ど、どうしたの?はなさん)

『結界が解け始めてる!』

(えっ!ど、どうして?)

『分からないの。でも、澱んだ空気がどんどんこちらに流れて来てるわ。ここはもう守られていない。このままだと、みんなが私達を見つけてしまう』

(そんな…。はなさん、もう一度結界を張って!)

『それが無理なのよ!結界は、あなた達のいる世界からしか、張ることは出来ない』

その時だった。
はなの隣で、尊が、後ろ!と声を上げる。

え?と、さくらが木から手を離して振り返る。

すぐ後ろに立っていたのは、袈裟姿のあの僧侶だった。

「…やはりあなたは、ただ者ではないようですね」

鋭い目でこちらを睨んでくる僧侶に、さくらは言葉を失って立ち尽くした。
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