さくらの記憶
第十三章 5月6日
「北斗さん、具合はどう?」
「さくら!」

病室に入ると、北斗はパッと笑顔をさくらに向けた。

「だいぶ良くなったよ。痛みも随分楽になってきてる」
「そう、良かった。でも無理しないでね」

そう言ってさくらは、持ってきた北斗の着替えや荷物を棚にしまう。

「はい、スマホの充電器と、あとパソコンも」
「お!ありがとう。助かるよ」
「でも、お仕事はほどほどにしてね」
「分かってるって」

さくらは、ベッドの横の椅子に座った。

「北斗さん、このあともしばらく入院は続くでしょう?私、毎日着替えを届けに来たいところなんだけど…。私の仕事も明後日から始まるの。だから…明日東京に帰るね」
「さくら…」

北斗が小さく呟く。

「そうだよな。さくらにはさくらの生活がある。分かった。色々ありがとう、さくら」

ううん、とさくらは首を振る。
そして遠慮がちに切り出した。

「北斗さん、連絡先交換しない?」

え…と、北斗は戸惑う。

「私、東京に帰ってもずっと北斗さんのこと覚えてる。だから、たまに電話したりメッセージとか送ってもいい?」

北斗は、うつむくと何かを考え始めた。

だが、ニヤッとしたかと思うと真顔に戻り、またニヤニヤしてから急に無表情になる。

「…北斗さん?百面相してるけど、大丈夫?」

さくらが顔を覗き込むと、慌てて真剣な表情を作った。

「あ、ああ。うん。じゃあ、その、何かの時のために、一応ね、ほら、忘れ物とかするかもしれないから、念のため、その」

下心はないのだということを必死でアピールしながら、連絡先を交換した。

画面に『さくら』と表示されるのを見て、ニヤニヤと顔が崩れる。

「じゃあ、明日無事に東京に着いたら連絡してね」
「はい。病院だから、電話じゃなくてメッセージ送りますね」
「うん、分かった」

そしてまた北斗はニヤニヤする。
その顔は下心丸出しだった。
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