「大好き♡先輩、お疲れ様です♡」溺愛💕隣りのわんこ系男子!

第26話 「先輩、お疲れ様です♡」13

 社員旅行先の旅館の通路で会社の後輩クンが「お疲れ様です」と壁ドンをしてきた!

 後輩クンの名前は城ヶ崎君。
 童顔で可愛いわんこ系で気配り上手で、社内の人気者です。

 そんなわんこ系男子の城ヶ崎君、最近は私に砂糖マシマシ甘々な言葉を囁くわ、ぎゅうぅっと抱きしめてスキンシップをしてくるわで、困っちゃうような……、そうでもないような。  

 以前は戸惑いがあったけど私、自分が城ヶ崎君のことが好きだって気づいて。
 城ヶ崎君といると嬉しかったり、甘々なセリフに思わず赤面、慌てちゃうし照れちゃうの。

 私は城ヶ崎君に会えると、前よりもっともっと胸のドキドキが激しくて止まらない。

「ようやく二人っきりですね、先輩」
「きゃあっ、城ヶ崎君! ちっ、近い」

 い、いきなり!

「野坂先輩、キスさせて?」

 私と城ヶ崎君の二人の顔が近づいていく……。
 キ、キスとか駄目だよっ。
 ここは柱の影とはいえ、たくさんの人が行き交う廊下の一部なんだから。

「だっ、だめだよ、城ヶ崎君ってば」
「ちぇっ……、先輩にチューしたかったなあ」
「『チュー』とか『ちぇっ』とか言われましても……、私困ります。だいたい城ヶ崎君、こんな場所で良いわけないじゃない」
「先輩、こんな廊下の片隅、わざわざ誰も覗きませんよ〜。チェックアウトまで少し時間がありますよね? 野坂先輩、僕と庭を散策しませんか?」
「えっ、あっ、うん。……でも何も壁ドンで迫らなくても」
「先輩。……ふふっ。僕の壁ドン、ドキドキしましたか?」
「ドキドキしたよ、すっごく。今も止まらない」

 城ヶ崎君が抱きしめてくる。
 この温もり、あたたかさが私の心に安心感をくれる。
 ホッと出来る。
 私は城ヶ崎君に抱きすくめられたまま、深く呼吸をした。
 幸せな気分にニヤけてしまいそう。
 吐息が漏れて、慌てて飲み込む。
 
「よしっ、先輩のドキドキと蕩けた微笑み、僕がいただきました〜!」
「もうっ、城ヶ崎君。からかわないで〜」
「はははっ、からかっていませんよ。……ねえ? ところで先輩。朝から僕以外の誰かに告白されてときめいたりしてませんよね?」
「なっ、なんでそんな……。まさか城ヶ崎君見てたの?」
「……うん。実は見かけましたよ。和久井さん、真剣でしたね。ほんとは邪魔しようかと僕は思いました」
「城ヶ崎君、怒ってる?」
「怒ってなんかないです。……ただ」
「ただ?」

 私は城ヶ崎君の顔を見ようとしたけど、ぎゅっとさらに抱きしめられて動けない。

「和久井さんが先輩を抱き寄せたから僕はすごく嫉妬しました。先輩が嫌がるなら止めさせようと思ったんですけどね」
「わ、私は和久井さんの気持ちには応えられないって返事したの」
「……本当ですか?」

 城ヶ崎君の声が小さくなる。
 しおらしくなって、シュンとしちゃう。
 まるで捨てられた子犬か叱られた子犬みたい。

「野坂先輩と和久井さんが楽しそうに見えたから……。ショックでその場から離れちゃいました」
「私っ! 和久井さんとは……」
「先輩、親しげでしたね。僕といるより楽しいんでしょ?」

 嫉妬?
 城ヶ崎君のこんな風な言い方、初めて聞いたかも。

「城ヶ崎君、私ね……。あの、城ヶ崎君、散歩しよう? 話したいことがあるの」
「話したいこと? 野坂先輩が僕に? 明るくしようと思ったんだけど……先輩に刺々《とげとげ》しくなったらごめんなさい」

 今朝起きた時はあんなにほわわっとあったかくて幸せな気持ちに包まれていたのに、今はすっごく不安だ。

 ちらっと見た城ヶ崎君の顔は悲しげで。
 私が城ヶ崎君にこんな顔をさせてしまってるんだ。

 私は城ヶ崎君からするりと逃げて庭園への出入り口にスタスタと向かう。
 私の歩く動作は少々ぎこちない。
 だって城ヶ崎君のじっと見てくる視線を背中に感じてるから。

 どうしよう。
 せっかく……、私。
 城ヶ崎君に告白の返事をしようと思ってたのに。

 ズキン、ずきずきと胸が痛む。
 さっきの城ヶ崎君の顔を思い出すと心がぎゅっと痛い。

 高鳴る胸は騒がしく、平常心ではいられない。

 こんなに心がかき乱されては、勇気が出ない。

 断られちゃうかもしれない。
 ……城ヶ崎君。
 もしかしてもう私のことなんか呆れちゃった?

「僕、頭を冷やした方が良いのかも。自分から庭を散策しようって誘ったのに、言い出したのは僕からなのに。……先輩、ごめんなさい」

 宿の立派な日本庭園には石造りの橋や人工の小さな滝まであった。
 植え込みには皐月やハナミズキやライラック……この時期ならではの草木が鮮やかに蒼く、花々が咲いて生き生きとしている。

 桜はもう散ってしまったけれど、緑が濃くなって春の息吹を感じる。

 爽やかな風が二人のあいだに吹いた。

「せっかくの先輩との鎌倉めぐりはひたすら貴女を楽しませたいので、ちょっと部屋に戻って冷静になります。それまでには先輩、……僕、気持ち切り替えるから」
「あっ……」

 城ヶ崎君は寂しげな顔を私の心に落として残して、踵を返し出入り口の方に行ってしまう。

 いつもは距離なんて感じない。
 城ヶ崎君はこれまでも離れることなんてなくって、私に寄り添ってくれて抱きしめてくれた。

 ――不安な時も落ち込んでる時も。
 男の人に告白されたりでどうしたら良いか分からずにプチパニックになっている時だって、城ヶ崎君は後ずさりすることなく私に向き合って抱えてる気持ちを聞いてくれた。

 重たく沈んだ心はいつだって、城ヶ崎君に抱きしめられると軽くなった。

 勇気を出せ、野坂茜音!

 今、言わなかったらいつ言うの?
 今、言わなかったら、だめな気がする。

 気持ちがすれ違ったら……、人と人は縁とか絆とかあるけどタイミングもあると思うの。

「城ヶ崎君っ!」
「えっ?」
「城ヶ崎君……行かないで」

 私は城ヶ崎君に後ろから抱き着いた。
 追いかける――。
 城ヶ崎君に……、私から駆け寄った。
 手を伸ばした――。
 初めて、生まれて初めて男の人に向かって走って背中を追って、その大きな存在に抱き着いた。
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