「大好き♡先輩、お疲れ様です♡」溺愛💕隣りのわんこ系男子!

第28話 城ヶ崎君視点「先輩、今日も可愛いですね♡」13

 僕と野坂先輩は恋人繋ぎで手を握り合いながら、観光客でごったがえす小町通りを歩く。

「城ヶ崎君……。ちょっと恥ずかしいな」
「慣れたら大丈夫ですよ、茜音さん」
「だ、大丈夫になるのかな〜」
「うんうん。なりますよ」

 野坂先輩と僕は今日、晴れて付き合うことになった。
 やったあ!
 ついに先輩とカレカノに……、僕らは恋人同士になったんだ。
 顔のにやにやが止まらない。
 僕は何をしていたって嬉しすぎて、ついニヤけてきてしまう。

 人目を気にして恥ずかしがってる先輩が可愛い。
 繋いだ手から先輩の温もりが伝わってきて、僕はなんとも幸せな気分で、それにドキドキと胸の高鳴りがおさまらない。

 小町通りは鎌倉駅のすぐそばの観光名所で、たくさんのお店と人通りがあってとてもにぎやか。
 お土産や雑貨に最新のスイーツ、昔ながらの甘味処や玉子焼き専門店や鎌倉野菜のお店なんかも立ち並ぶ。
 ちょっと離れたところには絵本の専門店や日本ならではのちりめん生地を使った小物雑貨ショップもあったりする。
 僕は何度か来たことがあるが、来る度に店が入れ替わっていたりするから、訪れる度に装いが少しずつ変わる。
 ずっと長く建っている神社やお寺ですら、新しい喫茶店や甘味処を境内に構えていたりする。
 悠久の歴史を感じさせながら時代の変化を受け入れている、鎌倉界隈にはそんな新旧の物が融合していて、人の流れも時の流れも感じられどこか懐かしさが漂う雰囲気がしてる。
 あちらこちらに誘われる、好奇心が湧く魅惑と引力がある観光地だ。
 近隣遠方からの観光客にも人気で栄えているが、落ち着きがあって。

 山や海が見える。自然があるのに、上手く人間の作った家や店や江ノ電が調和されている。

 野坂先輩が興味がありそうなお店には出来るだけ立ち寄りたい。
 僕はあとは水族館や海辺や江ノ島の方も行きたかったけれど、なにせ会社の社員旅行で来ているので自由時間が少ない。
 さっき鶴岡八幡宮で記念撮影をして自由時間になったんだけど……。

「どこに会社の人がいるか……」
「良いじゃないですか。僕たちはもうちゃんと付き合ってるんだし。僕はむしろ見せつけたいんですけど。ねっ、茜音さん」

 僕の隣りにぴたっとくっつく先輩の耳元に囁くようにすると、きゃっと小さく先輩が声をあげる。
 ふふっ、先輩は耳が弱いんだよね〜。

「『茜音さん』……。私のこと茜音さんって呼んでくれるんだね」
「うん? 慣れないからまだ先輩呼びと茜音さん呼びと混ぜこぜになっちゃうかもだけど。そのうち茜音って呼び捨てしても良いかな?」
「うん……。悠太君」

 ――えっ!?

「先輩、今っ! 『悠太君』って呼びました?」
「……よ、呼んだけど。やっぱり恥ずかしい」

 照れて下を向く先輩、可愛い〜!
 僕は野坂先輩を抱きしめたくなった。
 でも、人混みがすごいからそれはかなわない。

「茜音さん。今夜、僕ん家泊まっていって」
「えっ、えっ……。うーん」
「明日は休みじゃないですか。僕の家で二人でゆっくりしようよ」

 せっかく付き合えたんだし、僕は思いっきり遠慮なく先輩といちゃいちゃしたかった。

「……どうしようかな。旅行から戻らないんじゃ父も妹も心配するから今日は帰るよ」
「そっかあ……、そうですよね。ごめん、つい付き合えて嬉しくって。僕、先輩とずっと一緒にいたくなっちゃってました」

 しゅんとなってしまったけど、野坂先輩が握ってる手をぎゅっとして立ち止まる。

「先輩?」
「私もホントはね、一緒にいたいんだよ? でもごめんね、家族には心配かけさせたくないから」
「えっ? あっ、ありがとう。先輩そう思ってくれてるんだ。……なんだ、僕だけ盛り上がってるのかと何秒か落ち込んでました」
「落ち込まないで? あの、なんかごめん。私恋愛経験少ないから、察しとか良くないし、どうしたら良いのかわからないこと多くって」
「そんなん僕だって一緒ですよ。先輩は僕には遠慮しないでなんでも隠さずに思ってることバンバン言ってください」

 僕は野坂先輩の両手を握りしめた。

「あのカップル、アツアツだね〜」
「両手握り合って立ち止まって。愛の告白?」
「こんなとこで見つめ合っちゃって。ラブラブ〜。良いなあ」

 人の往来が激しい通りだから、ちょっと目立ってしまった。
 囃し立てる声がどこからかしてる。

「……ねえ、海岸の方にでも行かない? 城ヶ崎君……悠太君とたくさんおしゃべりしたいな」
「そうですね。ここじゃ、落ち着いて茜音さんと話せないし」

 それで先輩と僕は江ノ電に乗り込んで海岸に向かうことにする。

「先輩、一番近い海が良いかな? それともどこにしようか」
「ランチも出来る場所が良いよね。由比ヶ浜? 材木座海岸に七里ヶ浜……」
「江ノ電に乗りながら景色を見て、降りたいと思ったところで降りてみようか、先輩」
「ふふっ、それ良いかも」

 こういう時、Suica(交通系ICカード)は便利だよね。
 好きな場所で乗り降り出来る。

 江ノ電は丸いフォルムでころんとした電車だ。海岸線や幅の狭い道を通る線路を走る緑とクリーム色の列車はどこか懐かしさを醸し出すレトロさがある。

 ――ドキッ……ン。

 座ると先輩と顔がもっと近づく。
 江の島行きの江ノ電のソファに先輩と並んで。僕は野坂先輩とぴったり密着してる。彼女の体温をくっついたとこから感じる。

 また、さらに僕の心臓はドキドキしてきた。

 あ〜、今すぐ抱きしめたい。
 先輩を抱きしめたい。
 そんな欲求が湧き上がるのを必死で抑え込む。

 どうしよう。車窓に映る景色も先輩のことも、ドキドキしてまともに見られない。

「先輩、僕……先輩と早くイチャイチャしたい」
「ふえっ……」

 先輩の耳元に小声で囁くと先輩の顔が真っ赤になる。

「な、なな何言ってるの、城ヶ崎君はこんなとこで」
「だって僕と先輩、付き合いたてだし。早く二人っきりになりたい」
「しーっ。静かに」
「ふふふっ」

 笑っちゃう、幸せすぎてニヤけちゃうなあ。

「もぉ、城ヶ崎ってば私をからかって」

 慌てた様子ながら照れてる先輩の顔。
 先輩からの可愛い抑揚の抗議の声を聞いたら、僕の緊張はちょっと和らいだ。

    🚞🚞

 建物をすれすれで走る江ノ電からのぞむ風景はスリリングだ。
 花々が咲いているエリアは素敵。
 もう少ししたら紫陽花が見頃になるのだろう。

 先輩と僕は七里ヶ浜駅で列車を降りることにした。
 海に向かい二人で歩く。
 手を繋ぐと、すごくそれが自然なことに思えてきた。

 ――ずっと先輩とこうしていたい。

 七里ヶ浜は江の島小動岬(こゆるぎみさき)から稲村ヶ崎まで続く海岸線なんだって。

「海と青空に富士山……綺麗だね」
「うん、綺麗ですね。実を言うと景色より、僕は先輩ばっかり見てました」
「じょ、城ヶ崎君ってば何を……」
「本当のことですよ。僕の視界には先輩ばかりが映るんです。どうしたっていつだって、あなたの姿を探してしまうから」

 視線が追いかける先はいつも先輩の笑顔や一生懸命な姿があった。

 僕がいつの頃からか見ているのは先輩。
 視線を追わずにはいられない。

 僕が横顔を見つめていると、気づいた野坂先輩は頬を染めて慌てて下を向く。

「城ヶ崎君、あんまり見ないで」
「なんで? 良いじゃないですか。茜音さん可愛いし、僕の彼女だし。ずっと見ていたい。僕はあなたに見惚れてしまうんです」
「……あ、甘い。城ヶ崎君、甘すぎて私……、反応《かえし》に困る」
「………可愛い」

 天気の良い日には富士山も見えるこの海岸をかつて鎌倉武士の源頼朝や源義経も馬に乗って駆けたとか。
 今ではお洒落なカフェやレストランが海沿いの街道に並び、海にはサーファーが波を楽しんでいる。

「茜音さん、ちょっと休憩しましょうか」
「そうだね。お茶でもしようか」
「そろそろランチにしても良いですね。そこのお店のテラス席がおすすめらしいです。海鮮やハンバーガーもあるみたいですけど、先輩はお刺し身とか食べられますよね」
「城ヶ崎君、もしかして調べてくれてたんだ?」
「はい。先輩と鎌倉デートだから、ウキウキしちゃって」
「ありがとう。私もだよ、城ヶ崎君。……私もすごくウキウキしてる」

 お昼近くで混んできたレストランの前で案内の順番を待つ。

 野坂先輩と僕は他愛もない会話をした。
 あとは家族の話も。

 待っている時間も先輩となら楽しい。


 二人で会話が弾んでいた。
 ――その時。

「茜音ちゃん、城ヶ崎君。奇遇だね」

 聞き覚えがある、この声――!
 後ろから声を掛けられて体がびくっとなる。
 野坂先輩が慌てて僕と繋いだ手を離す。
 
 振り向くとうちの営業部の桜田部長と和久井さんがこちらに向かって来ていた。

 にこにこと手を振り笑う桜田部長、厳しい表情の和久井さんが対象的だ。

 まあ、体格も対象的で、狸の置物を人間にしたみたいな桜田部長の横では和久井さんはミケランジェロの完璧な彫刻みたい。
 常盤社長同様、大人の色気が漂う。スーツの上からでも分かる鍛えてるだろう体から筋肉がつき均整のとれたバランスの良さがうかがえる。
 足、長いな〜。
 長身の和久井さんのスタイルの良さが桜田部長で余計に際立つ。

 桜田部長はガハハと笑っているが、和久井さんは渋い表情だ。

 ――なぜだろう?
 僕は嫌な予感しかしない――

「おぉ、ちょうど良かった。社員旅行のお楽しみなとこ悪いが早く知らせたくってねえ。君たちに嬉しい報せだよ」
「嬉しい報せ、ですか?」
「一緒にランチにしないか?」

 ご機嫌な様子の桜田部長の知らせたいことって?
 野坂先輩と僕は顔を見合わせた。

   ☕

 和久井さんのランチの誘いを断れずに、テラス席のあるレストランに入る。

 案内されたテラス席に4人で座ると、波の音と海猫の鳴き声に人々の声や笑い声が聴こえてきた。
 青い海の上にかもめやとんびらしき鳥が優雅に飛んでいる。

 待ちきれなかったようで開口一番、桜田部長が衝撃の言葉を発した。

「実は報せというのは嬉しい話だ。他でもないうちの営業部から野坂さんと今田主任の栄転が決まったんだよ」

 はあ――っ!?
 野坂先輩が、……栄転!

「「栄転っ……?」」 

 僕と先輩の声が重なり揃った。
 栄転って、栄転ってさ転勤だよね。
 場所はっ!?
 転勤先はどこ?

「野坂さんと今田主任の九州支店勤務が決まった」
「きゅ、九州支店っ?」

 僕の声は裏返っていた。
 野坂先輩は押し黙ってじっと聞いている。

「新店舗オープンに向け何より尽力したのは野坂さんと今田主任だったから、意気込みを感じたそうだ」

 僕は突然のことに放心した。
 先輩は……茜音さんは、微動だにしない。
 顔色は少し青ざめてきてた。
 そんな様子に気づいているのかいないのか、和久井さんは茜音さんをチラチラと窺うように何度も視線を向け見つめている。

「お忘れですか? 桜田部長、彼もですよ」
「あ〜、そうだ。そうだった。城ヶ崎君もだった」
「えっ? 僕もですか!? 九州博多支店ですか?」

 一瞬喜んだ僕に、追い打ちがかかる。

「いいや、城ヶ崎君。君にはニューヨーク支店に行ってもらう」
「なっ!! 僕がニューヨーク支店……に? ……九州支店じゃないんだ」
「そうだぞ。すごい出世じゃないか! 城ヶ崎君、君は和久井ニューヨーク支店長の補佐として二年間この彼の下でみっちり学んできなさい。正直うちの部から三人も優秀な即戦力がいなくなるのは痛手だがなあ。特に野坂さんは私の仕事をよく手伝ってくれていたし、助かっていたんだが」

 部長、あんたのは押し付けだったろうが。
 僕は腹が無性に立ってきた。

「これは覆せない決定事項だ。舜からの……常盤社長からの直々の内示だから仕方ない」

 ――やられた。
 完全にしてやられた。

 常盤社長、あの人公私混同しないとか汚い手を使わないとか言ってたくせに。

「いつからですか?」

 先輩の凛とした気丈な声がする。
 僕はどこか遠くの方で聞いているような気になった。

 こんなのってないじゃないか。
 いきなり遠距離恋愛にさせられるとか冗談じゃない。

「まずは引っ越しや後継のこともあるだろう。準備期間を設けて行ってもらいたい。出来るだけ速やかにと考えているから来月末か七月頭だろうな」
「あんまり時間がありませんね。城ヶ崎君も同じぐらいの時期になるだろうから、心の準備しておいてくれよ? 俺がノウハウをしっかり叩き込んでやるから覚悟してくれな」
「……僕たちに断る選択肢はないんですね」
「なにこんな大活躍なチャンスを蹴るつもりか? 常盤社長は将来を見据えてんだ」
「あんまりだ」
「じょ、城ヶ崎君。……あの、突然のお話だったので私も城ヶ崎君も動揺しています。考えて返事をします。答えを出すのに少しお時間をください」
「野坂さん、断ったらこの先こんな好条件の出世は当分ないし、どのみち出向の可能性も出て来るんだぞ。私が行きたいぐらいなのに光栄な話だと思わんかね? うちの会社は支部が全国にあるんだ。社会人としてうちに入社した以上は覚悟の上なはず。転勤だってあるのは考えが及ぶことだろう?」
「まあ……、突然だもんな。茜音ちゃんも城ヶ崎君も驚くよな」

 和久井さんの表情が堅いってことは、転勤の話は常盤社長が言い出したことなんだろう。
 彼が、和久井さんがニューヨークに連れて行きたいのは僕じゃなくって。
 ――そう、好意を寄せている茜音さんの方だろうから。

 テーブルには所狭しと4人分のランチセットの鯛と鎌倉野菜のカルパッチョやアクアパッツァやパエリアにしらすピザなどの料理が置かれた。
 うーん、豪勢だ。 
 彩りは鮮やかで美味しそうなんだけど食は進まない。
 食べ始めたのは桜田部長と和久井さんだけ。
 もりもり食べてるのは桜田部長だ。
 桜田部長は人の気も知らないで、呑気だな。

 こっちはショックで固まってるっていうのに、桜田部長は終いには地ビールと白ワインまで頼んで昼間っから飲み始めた。
 旅行先だけど、この場は遠慮してほしい。

「舜は……常盤社長はしばらくは博多と東京本店を行き来するそうだ」
「それって常盤社長が博多支店長を兼務するってことですか?」
「城ヶ崎君はなに言ってるんだい。ああ、説明不足だったね。今田主任が九州博多支店長に就任、野坂さんが博多支店長の補佐の副支店長だよ」
「私が……副支店長。今田主任の補佐……」
「今田主任は子供が小さい、家庭のこともあるからどうかと思ったんだがね。常盤社長は今田主任が実家が博多なことや実績をかってらっしゃるから」
「茜音ちゃんは今田主任と仲が良いだろう? 公私共に助けてやって」

 僕は一気にどん底に落ちた気分だった。

 目の前が真っ暗になる。

 せっかく付き合い始めた野坂先輩とは、遠く離れ離れになっちゃうんだ!

 ニューヨーク支店と九州博多支店って、どれだけ距離があると思ってんの?

 なかなか会えなくなるんだ。

 野坂先輩と、一緒にいられなくなる。

 そばにいられない。
 先輩が寂しいときに僕はすぐに駆けつけられない――。
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