月へとのばす指
【1】


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 日本でも有数の大手複合企業、フジシロホールディングスの本社は二十五階建てである。そのビル構えは、企業のネームバリューも手伝って勇壮な雰囲気を醸し出し、並び建つ他のオフィスビルを圧倒していた。

 その、本社ビルのロビーに久し振りに足を踏み入れ、藤城久樹は天井を見上げた。一般開放されている社員食堂のある四階までは吹き抜けになっており、非常に解放感がある造りである。久樹はこの眺めが、子供の頃から好きだった。

 名前からわかるように、久樹はこの大手企業の一族に連なる。早い話、現社長の息子だ。長男でもあるため、昔から、跡取りの最有力候補として遇されてきた。
 そのため、大学を出てすぐに本社に採用され、入社三年目にはアメリカ支社へと派遣された。
 そして海外の常識と言語に鍛えられて二年が経った今年、本社に戻ってきたのである。

「お帰りなさい、久樹くん」

 ロビーで出迎えたのは取締役でもある副社長。久樹が幼い頃から知った間柄のため、甥に接するように久樹を扱う。

「ずいぶん遅かったんだね。朝から待っていたんだが」
「すみません、飛行機のトラブルで離陸が遅れて」

 本当なら今朝一番に出社する予定だったのだが、帰国の便の飛行機が「点検ミス」とかで離陸を十時間も遅らせ、日本に着いたのが今朝九時過ぎだったのだ。

 空港から一人暮らし予定のマンションに行くよりも実家の方が近く、急ぎそちらに立ち寄り身支度など整えたものの、約一年ぶりに会った母親に近況をあれこれ聞かれ答えているうちに、時間が思った以上に過ぎてしまった。仕方がないので早めの昼食をそのまま実家で食べ、今の時間の出社になった次第である。

 簡潔に説明すると、副社長は、はっはと笑った。

「ご母堂は相変わらずだな。さて、本社も久しぶりだろう。秘書に案内させようか」
「いえ、だいたいはわかりますからその必要──」

 辺りをぐるりと見回したその時、正面出入口から、数人の女子社員が入ってきた。昼休みがもうすぐ終わるから、食事休憩から戻ってきたに違いない。社の制服を着ているところを見ると、総務か経理などの事務職だろう。そう思って目をそらしかけると、何かがちかっと光った。
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