白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

 はにかんだ笑顔は心臓に悪い。きっと彼は毒だ。
 ゆるりと甘い毒で惑わして、私を包み込んで虜にしてしまう。
 もうあの青紫色の双眸から逃げられない。
 そんな予感があった。

*藤堂side*

○飴細工店前・立ち入り禁止(昼)

 夜間にタバコをポイ捨てしたせいで、飴細工店・覡は店と家が燃えており、今や立ち入り禁止のテープが敷地内に引かれている。朝早い段階で引っ越し業者が荷物などをまとめて出したらしいと近所の店や住人は言っていた。

 彼女の姿は昨晩から見ていない。
 野次馬たちが店の前でうろうろしており、近所の人たちも井戸端会議に花を咲かせている。
 そういった情報をかき集めたのは、地上げ屋の仕事を生業にしている男、藤堂肇(とうどうはじめ)だった。そして死にほど後悔した。

(クソッ。こんなことなら多少無理をしてでもこの店から引き離せば良かった!)

 代々陰陽師の家系である藤堂はその際を生かして、地脈やら霊脈などを読み取ることに長けている。そしてヨクナイモノを生み出しやすい土地や場所などは手を回して、被害が出る前に土地を買い取ったりして専門的な対処も斡旋していた。
 鬼神の末裔でもあるので人外とのコネクションもあり、界隈に対しても上手く渡り歩いていたというのに、その地震も信頼も一瞬で吹き飛びそうだった。

(あの店はよりにもよって丑寅の方角で恐ろしい場所でもあった。この周辺地域の禍そのものが集いやすく、容易く人外との道を繋いでしまう。彼女の両親の死も、店が落ちぶれていったのも、人間関係の悪化もあの土地だ。……しかも質が悪いことに彼女はあの場所に浸りすぎていて、あの場所に未練たらたらだった)

 柳沢小晴の耐性を褒めるべきか、あるいは嘆くべきか。
 奇しくも彼女は人外に好かれ易く、手厚い加護や祝福を受けているものあり、あの土地で何ら損なわれることなく暮らしている。それはある意味、人外の世界を知っている者からすれば狂気に等しい。

(いや、あの一族こそがあの禍々しい場所を清浄に戻す役割を持っていたのかもしれないが、今はその手法など受け継がれていないのだろう。そういったことはままある)

 藤堂は現場近くの喫煙場所でタバコの火を付けて、紫煙と共に余分な感情を吐き出す。

(柳沢小晴。容姿は普通だし、華美たる雰囲気もない、どこにでもいそうな――少し不運な娘。それが第一印象だった。けれど飴細工を作っている彼女は誰よりも輝いていたし、あのできたての飴は極上の味だった。小晴の作る飴は人外には幸福感と酩酊効果を与える。高位の人外はそれにいち早く気付き、支援をして加護や祝福を与えていった。まあ、俺もその一人なんだけれど……)

 すぐ傍にいて、少しずつ固く閉じていた蕾が心を開いて花開く過程を藤堂は楽しんでいた。
 信頼を得るために少しずつ近づいて、情を、信用を育んでいた。
 しかし藤堂と小晴の関係が壊れるのは一瞬。
 藤堂は酔った勢いでホテルを経営している男に見栄を張ってしまったのだ。
< 19 / 60 >

この作品をシェア

pagetop