白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

「!?」
「ああ、少し顔色がよくなった」

 私を気遣って慰めてくれたのだろうか。
 何だか後からじわじわと恥ずかしくなる。

「紫苑、こういう触れあいはもっと仲良くなってからにしたいのですが……」
「ではもっと傍にいれば小晴と仲良くなる……ふふっ、それは嬉しいことだ」
「(逆効果……!)……ところで、紫苑」
「なんだい?」

 どう考えても国宝あるいは重要文化財的な何かだという鉢やら装飾の枝、毛皮、宝珠にめずらしい光を放つ貝がぞんざいな扱いを受けている。
 怖くて聞けなかったのだけれど、ずっと無視するわけにも行かず話を切り出した。

「このテーブルの上に無造作に置いてある物は一体……」
「求婚というと仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝を揃えるのが正しいと聞いたので用意してみたのだが、もしかして違うのか?」
「(それはどう見ても『竹取物語』の主人公かぐや姫が結婚の条件として出した無理難題!)ええっと……確かに歴史的にそのような結婚の条件を求めた姫君もいましたが、私は姫君でもないですし、令和の時代では婚約指輪的なものを渡したりするなどの極めてコンパクとかつ身につけるものを推奨していますね」
「そうか。……じゃあ、これは邪魔だな」

 しょんぼりと泣きそうな顔をする姿に、私は「これはこれで歴史的価値のある素晴らしいものだから、お店に飾ったらきっと運気が上がると思います!」とフォロー(?)になっているかどうか分からない言葉をまくしたてた。接客業をしているのに、こういうときに気の利いた言葉が出てこない自分を呪った。

「小晴は喜んでくれるか?」
「はい、嬉しいです! 誰からプレゼントを貰うなんて本当に久し振りでしたので」
「では、これからは好きなだけ贈り物をしよう」
「え!?」
「小晴が喜ぶなら何でも用意しよう」
「いえ! その気持ちだけ十分というか」
「…………私が嫌いか?」
「極端! 違います。ええっと、私には身に余るものですから……。でも贈ってくれる気持ちは嬉しいのは本心です」

 やっぱり上手く言葉がまとまらない。けれど紫苑は目を細めて言葉を紡ぐ。

「……それなら小晴の贈ってくれたものと同じくらいのものを贈る。これなら大きすぎないし、少なすぎないだろう」
「(贈り合うという前提は確定ですか……)で、私にあげられるものなんてそんなにないですよ?」
「小晴の作った飴細工。私を思って作ってくれたら、それだけでご褒美だけれど? ああ、小晴が私に触れようとするのもいい」

 ちゅ、と手の甲にキスを落とす紫苑の艶麗(えんれい)さは心臓に悪い。この神様は寂しがり屋で甘え上手で、そして甘い物をこよなく愛す人のようだ。
 私が彼のように自分の気持ちを行動で示すにはまだもう少し、時間が足りなさそうだった。

 *紫苑side*

 ○竹林(昼間)

 空に手を伸ばすようにすくすくと育つ高竹色の竹林。白銀に煌めく空に、半透明に浮遊する木霊やら精霊たち。

(祝福かあるいは恐れか。万物の一部であり全として生まれ落ちたのはいつだったか。人の形に近く生まれ落ちたのは人が対話を望んだから)

 紫苑は白蛇神であり、それは万物そのものでもあった。
 山であり海であり万物を司るそのものであり、その一柱。元は一つだったけれどあまりにも力が強すぎるので三つだか四つに別れてそれぞれ気に入った場所に住み着くことにした。
 蛇は臆病で警戒心が強い。

(他の私だったモノ様々な道を歩んだ。私は生まれたときから何にも興味がなく眠っていた。眠って、時折、その土地に住む人間に乞われて加護を与えて適当に身の回りの臣下を作り丸投げしていた)

 ○町並み(昼間)

 次に紫苑が目覚めたのは偶然か、あるいは運命だったのか。
 気まぐれで目を覚まし、現世で自分の土地をふらついて回った。
 やたら橋が多く、小舟が白銀の水面を進んでいく。人が多く、緑も豊か観光客も多く、神社仏閣も多いと臣下の右近と左近がそう説明する。

 紫苑が眠っている間、殆どの雑務はこの二人とその下の者たちに任せている。紫苑はこうやって人里に降りるのは初めての行動でもあり、臣下たちは困惑と歓喜の入り交じった雰囲気を出していた。
 数百年前とまるで異なる世界は物珍しかったが、紫苑の食指が動くモノはなかった――はずだった。
 空から振り落ちる雪に、ブルリと震えた。
「もう帰ろうか」と思った矢先、紫苑は不意に甘い香りに誘われて飴細工店へと誘われる。

 ○飴細工店・店内(雪)

 ヨクナイモノを押し込めた場所、適度に浄化しなければ禍が起こる。
 それだというのに店内は明るい。
 不審に思いながら周りを見た瞬間、紫苑は固まった。

(…………ああ、漸く見つけた)
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