白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

第4章

 ○小舟の上(夕暮れ)

 婚約指輪を指のサイズに調整するため、時間を潰すために本やらカフェに入って時間を潰した後、今は小舟に乗って屋敷に戻っている。通常の小舟ではなく紫苑の個人で持っているらしいのでそれを出して貰ったらしい。

 小舟そのものも白銀色で装飾なども凝ったものだったが、一番驚いたのは船の席だ。通常は猪牙船(ちょきぶね)という舳先(へさき)の尖った小舟で装飾などはあまりない。観光用とはいえシンプルな作りなのだが、これは違う。作り自体は同じなのだが座椅子があり、座布団も高級旅館で使うようなものをあつらえている。

 紫苑は景色を眺めている私を見つめて微笑んでいた。あまりにも熱心に見つめられているので、言葉を投げかける。

「……視線を感じます。景色は見ないのですか?」
「景色を見て楽しんでいる小晴を眺めているのが楽しい」
「鑑賞方法が独特な気が……」
「そうだろうか? 好いているものを眺めたいと思うのは普通だと思うが」

 髪の毛を一房触れてキスを落とす。流れるような動作に私は恥ずかしさで頬に熱が集まる。それを見て紫苑は笑みを深めた。

「――っ!」
「可愛い」
「うう……。恥ずかしい」
「なぜ? 小晴は可愛いのだから、恥ずかしがる必要はない」
「私なんて……紫苑のようにその美人とかではないですし、言われたことなんて」
「じゃあ、これから一生分、私がたくさんの小晴に伝えよう。なにこの私が可愛いというのだ、誰にも文句は言わせない」

 傲慢な言葉に私は思わず笑ってしまった。世辞ではなく真っ直ぐに紡がれた言葉だからこそ私の胸にストンと落ちる。

「光栄です」
「しかし、今日一日でこの世界、この時代に興味を持った」
「それにしてもずっと眠っていたと言っていましたが、いつタブレットの使い方とか、常識などは身につけたのです?」
「必要であればある程度、情報処理及び順応はできるからな。数時間あれば充分だ」
「さすが神様……」
「面倒なので今までしてこなかったが、小晴がいると面倒だと思っていた感情が変わってくる」

 人外で有りながらも人の世に興味を持つ存在は多くいるという。この幽世は現世の舞台裏らしく、障り(ヨクナイモノ)と呼ばれる禍から妖怪の抗争などの荒事は幽世で行い、対処するという。その影響が稀に現世に漏れ出てしまうらしいが、それもかなり最小限だとか。

 三百年前までは幽世と現世は境界が薄く、神々は別としても妖怪やら障りが跋扈していたという。時代も戦乱などで荒れていたのもある。

 しかし江戸時代以降は国そのものが安定したことで、人外関係の騒動が目立つようになってしまった。人間側と妖怪、精霊、妖精、神々のバランスを調整するため、神社仏閣を軸にして幽世という層を現世とずらして、幽世で起こった出来事が現世で大幅に希釈させて波風程度の影響に止めた。
 そう区切らなければ妖怪の抗争で一県が灰燼に帰す可能性があったからだという。

「稀に突然気が狂っただとか、土砂崩れだったり、交通事故なども幽世での影響によるものがあったりする」
「なるほど……では、その場に居合わせたことで被害に遭われる方もいるのですね」
「偶然は基本的に起こりえない。現世では因果応報と呼ばれることがあるが、あれは正しい。自分の行いが巡り巡って戻ってくる。今日、時雨と出会ったのもまた以前からの縁があったからこそ更なる縁を結んだ」
「あれは本当に驚きました。私の作った飴を喜んで下さる方に直接会えたのも嬉しいですが、私の身を案じてくれていたことも」
「左近から聞いたが小晴は人外に好かれ易いらしい。あの飴の味を知ったのなら当然だろうが」

 誇らしげに、けれど少し不服そうに紫苑は呟く。恐らく私の作った金太郎飴が気になっているのだろう。自分の飴を気に入ってくれているのはとても嬉しい。
< 29 / 60 >

この作品をシェア

pagetop