君を忘れてしまう前に
最悪な朝
寝返りをうつと、いつもと違うシーツの肌触りに違和感を覚えた。
その違和感を追うように、嗅ぎ慣れた匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。
心地のいい香りに誘われて、わたしはゆっくりと瞼を開いた――けど、目の前に広がるのは見慣れた自宅の風景ではなく。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、背を向けて眠る裸の男だった。
「は!?」
どんよりと頭を覆っていた眠気を払いのけ、身体を起こす。
弾みでずるり、とブランケットがめくれ、ひんやりとした5月の朝の空気が直接肌を刺激した。
ありえなさすぎて言葉が出ない。
なんとわたしも裸だった。
頭を抱え、ショートカットの髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。
どうやら裸の男女がベッドで朝を迎えたらしい。
それがなにを意味するのか簡単に想像できたけど、どこか他人事のように現実を受け止めているのは、わたしがなにも覚えていないからだ。
ちょっと待て。
なにがどうしてこうなった。
ズキズキと痛み始めた頭を使って必死に昨日の記憶を呼び起こす。
昨日はとにかく落ち込んでいた。
というのも、わたしが通う音楽大学で近々、大規模な学内コンサートが開かれる予定で、それに出演するための選抜試験に、奇跡的に合格できたわたしは昼も夜も練習に励んでいた。
以前から憧れていた学内コンサートに出演できることが嬉しくて必死で練習していたものの、連日続く先生からの駄目だしに、昨日はとうとうわたしのメンタルが木っ端微塵に砕け散ってしまって。
見兼ねた友人達が、たまには息抜きも必要だよ、と声をかけてくれ、初めての居酒屋に足を運び、慣れないお酒を次々に飲み干した。
この辺りから記憶があやふやになってくる。
そこから確か、酔い潰れて終電を逃して、歩くのもままならないわたしを、友人のうちの1人が支えて「送るわ」なんて言ってくれたような。
そういえば。
その友人も酔っ払っていて、わたし達は道端でハデに転んだ気がする。
布団から足を出して確認すると、膝に擦り傷があった。
それも両足。
となると、わたしの隣で寝ているこの男は――。
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