君を忘れてしまう前に

 こっそりと顔を覗き見る。
 長い睫毛に真っ直ぐに伸びた鼻筋、品のいい唇。
 憎ったらしいくらいに整った顔立ちのこの男は、北岡(きたおか)沙羅(さら)だ。
 大学の同期であり、友人でもあり、そして学内では超有名な人物でもある。

 弦楽器で名の知れた大学でヴァイオリンを専攻するサラは、ぶっちぎりの成績で入試に首席合格し、学費全額免除の特待生になった。
 それだけでも凄いことなのに、名高いドイツのヴァイオリニストに目をかけられ、日本と海外を行き来しながら大学に通っている。
 将来は世界を股にかけて活躍するだろう、音楽と才能に溢れるマンがこの男だ。
 ちなみに練習の鬼でもある。

 その上、おとぎの国の王子さまのように整った容姿で、学内には熱狂的なファンがたくさんいる。
 この間も、後輩の女の子から告白されて断るところを偶然見かけた。
 大学に入って3年目。
 何度も目にしたことのある光景だったから特に驚きはしなかった。
 けれど、泣きじゃくる女の子を前に少しめんどくさそうな顔をしているサラを、改めて最低だと思った。
 そんな男とわたしは――。

「うわ、最悪」

 つい漏れ出た言葉に、閉じたままの長いまつ毛がピクリと反応する。

――やばい、起こしちゃう。

 咄嗟に両手で口元を覆ったけど、すでに遅かった。
 ごそごそと寝返りをうったサラは、わたしと視線が合うなり、まだとろんとしていた瞼をしっかりと見開いた。

「……は?」

 ブランケットの端を引っ張って必死に身体を隠すわたしと、むき出しになった自分の上半身を交互に見る。
 そして仰向けに寝転がると、サラはつやつやとした黒髪を掻き乱した。

「うわ、最悪……」

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