Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─
第1章 同窓会

第1話 20年ぶりの再会

「実は私らな、親戚になってん」

 もう何年ぶりかわからない、おそらく卒業してから二十年は経っていると思われる中学の同窓会。当時の記憶がよみがえり賑わいが増していくなかでの佐藤華子(さとうはなこ)の発言。彼女は隣にいた小山美咲(こやまみさき)の腕を組んでニコリと笑った。

「よく言うわ、私のこと忘れてたくせに」
「ごめんごめん」

 特に会いたい人がいなかったので案内がきても参加は見送るつもりだった同窓会。当時いちばん仲良くしていた人たちとは高校の頃には疎遠になり、同じ高校に進学してから仲良くなった人とも大学になって疎遠になり、いま美咲が繋がっていると言えるのは──社会人になってからSNSで運良く見つけた、当時の人気者たちくらいだった。友人だった人も見つけたので一応相互フォローはしているけれど、特に話が弾むこともなく数年が経った。

 だから本当に中学時代の同級生には会う予定はなかったけれど、SNSで誘われたのと、華子が幹事として出席するのは知っていたのと、──当時のイケメンたちがどうなっているのか見たいのもあって、美咲は同窓会に参加の返事を出した。

 三百人ほどいた同級生のうち、同窓会に集まったのは五十人ほどだった。三十代も半ばになると皆の暮らしは様々で、中にはどうしても連絡がつかない人もいた。卒業アルバムに載っていた連絡先やSNSを駆使して、できるだけ多くの同級生に声をかけて、参加の返事が来たのが五十人。

 地元に残っていて当時の友人とは今でもよく会っている、という人たちが半数。地元は離れたけれどみんなのことが気になって、という人たちが半数。幹事をしているのが華子なので彼女の友人だった人たちが多めになっているけれど、美咲が気になっていた人たちは──会場入り口の受付で名簿に名前を確認した。

「親戚になった……って、どういうこと?」

 華子の話を聞いていた人たちが彼女に注目する。
 同窓会の会場は近くのホテルだった。地元からは電車で三十分ほどで、美咲がいま住んでいるところからは電車で二駅だ。ホテルの小さい宴会場で、料理がいくつかの丸テーブルの上に置かれ、立食パーティー形式になっている。

「あのな……美咲ちゃんの旦那さんが、もともと私の親戚やったらしいねん。遠いんやけどな」
「そう……私も聞いたときビックリした」

 華子が『らしい』と言っているのは、会ったことがないからだ。美咲は中学を卒業した時点で華子とは疎遠になっていたし、旦那の母方の親戚なので普段は話にも出ない。

「そもそも、中学のときだってそんなに仲良くはなかったからなぁ?」
「友達の友達、って感じやったかな?」
「うん。同じクラスになったこともなかったし。だから私のことも忘れてたんやろ?」

 美咲は華子のことを覚えていたけれど。旦那と一緒に彼女の親戚の家に顔をだしたとき、『華子は美咲のことを覚えていないらしい』と聞いた。

「でも、今はちゃんと思い出してるから!」
「あやしいなぁ」

 当時のクラスメイトたちの話をしながら、同窓会に来れなかった人の近況を聞きながら、同窓会に来て良かった、と美咲は思った。中学三年間が楽しいことだらけだった──わけではないけれど。会いたいようで会いたくない人もこの場にいる──けれど。

「美咲ちゃんってさぁ、中学のとき大倉(おおくら)君とかと仲良かったよなぁ」

 話をしながら美咲はいつの間にか視線を男性陣のほうへ向けていたようで、彼らの話になった。

「そうかなぁ? 仲良かったっていうか……、あの人らみんな塾で一緒やったし、二回同じクラスやった人もいたし……」

 いまはもちろん落ち着いて見えるけれど、当時の彼らは『やかましい』印象だった。ガラスを割ったり、教室で走って転んだり。バカだな、と思いながら友人たちと観察しているうちに、いつの間にかよく話すようになった。美咲が進学したのは女子校だったので彼らとは卒業と同時に疎遠になり、町で見かけることもあまりなかった。

「おーっ、紀伊(きい)発見!」

 その言葉に美咲はビクリとした。紀伊、というのは美咲の旧姓で、話しかけてきたのは噂をしていた大倉裕人(ひろと)だった。

「あんまり変わってないなぁ……。……いまコヤマになったん? 結婚してんや」

 裕人はまず美咲がつけている名札を見て、次に左手の指輪を確認した。

「うん。大倉君はいま何してんの?」
「俺、いま美容師やってんねん。あ、これ、名刺、はい」
「ありがとう……Hair Salon HIRO(ヘアサロンひろ)……って、駅前のところ? よく前通る!」
「まじ? こんど来てや。サービスするで」
「うん、行く! そうなんやぁ、いつも家の近くで済ましてたからなぁ」
「口コミも良いほうやで。あいつらもたまに来てくれるし……」

 言いながら裕人は友人たちのほうを見た。美咲が当時『やかましい』と分類していた人たちで、いまの様子が気になっていたイケメンたちでもある。詳しくは見えないけれど、残念な方向に変わってしまった人はどうやらいないようだ。

「そろそろ俺あっち行くわ、また連絡して。名刺にLINE載せてるから」
 そう言うと裕人はもといた男性陣のところに戻っていった。

 もらった名刺を鞄に入れて振り返ると、華子がニヤリとしていた。

「……なに?」
「いやぁ……。仲良いな、と思って」
「うん。……いや、別に何もないから」
「そう~? でも美咲ちゃん、目がハートになってたけど」

 それはきっと、美咲は中学のとき彼のことが好きだったからだ。当時は彼にはそんなことは言わなかったし、これからも言うつもりはない。第一、美咲には彼よりも気になる人がいたから、恋人(を作るとして)候補の二番目だった。もちろん、一番だった人にも何も言わずに卒業したけれど……。
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