悲恋の大空
 そうして放課後。



[朝蔵 大空]
 「あのー!卯月くーん!朝のあれは……」



 歩いて帰ろうとしている卯月君を私は外で引き止めると、卯月君がこちらに振り向く。



[卯月 神]
 「あぁ……その件はもう良いです。リンでしょう?」


[朝蔵 大空]
 「えっ?」



 リンって、リンさんの事?


 一体これは……。



[朝蔵 大空]
 「えー!?知り合いなの?」


[リン]
 「はいっ!」



 リンさんが卯月君の隣に満面の笑みで並ぶ。



[卯月 神]
 「はい。一応、友人です」



 対して冷めている卯月君。


 私は放課後、卯月君に朝の話の続きをしようとしていた。


 しかしそれをする前に卯月君の機嫌は戻っていたのだ。



[リン]
 「一応って……!ソラ様ぁ!酷いと思いませんかー?」


[卯月 神]
 「耳元で大きな声出さないで下さい」



 へぇ、知り合いだったのかこのふたり。


 前から思ってたけど、リンさんって天然……いや、ちょっとおバカさんっぽいよね!言っちゃ悪いけど。



[卯月 神]
 「しばらく人間界(ここ)にいるみたいですので」


[リン]
 「よろしくお願いします!ソラ様!」



 こう並んで見ると同じ天使でも、やっぱり性格に個性があるみたい。


 そこら辺は私達人間と同じなんだな。



[朝蔵 大空]
 「ほう……い、良い旅行?に、なると良いですね!」



 そうか人間界旅行と言うやつか、なんかこの人達自由だな。


 もしかして天使やら悪魔って、意外とそこら(じゅう)に居たり……?


 と言う変な妄想を私はしてしまう。



[リン]
 「あ、そうだ!」


[朝蔵 大空]
 「……?」



 突然何かを思い出したかのように、リンさんが私の目の前まで一歩出てくる。



[リン]
 「ソラ様にお願いしたい事があるのですが……」



 リンさんは私から目線を逸らしつつ恥ずかしそうにモジモジと手を動かす。



[朝蔵 大空]
 「な、なんでしょう……」



 この時、なーんか嫌な予感がしたんだよね。



[朝蔵 葵]
 「まあ!大歓迎よ!リンちゃんって呼ばせてもらうわね♡」



 デレデレと嬉しそうに微笑む我が母。



[リン]
 「ありがとうございます!」


[朝蔵 真昼]
「いや、ダレ〜」



 塾から帰って来たばかりで状況がイマイチ飲み込めていない様子の真昼。


 私がリンさんを急に家に連れて来たから。



[リン]
 「リンと申します!」



 リンさんが真昼に自己紹介。



[朝蔵 真昼]
 「そう言う事ではなくて……」


[朝蔵 大空]
 「少しで良いみたいだから……」



 先ほどリンさんには、(うち)にしばらく泊めてほしいと頼まれた。



[朝蔵 葵]
 「良い!良い!良いわよ!なんならリンちゃんみたいなイケメンだったら永住(えいじゅう)でも()!」



 それはさすがに無理があるでしょう!!



[リン]
 「うわぁ〜、有り(がた)きお言葉です!お母様!」



 お母さんってば……相変わらずイケメンに甘いんだから。



[加藤 右宏]
 「むーっ……」



 部屋の隅からミギヒロがリンさんを睨む。


 ミギヒロ、何か言いたげだな……。



 ……。



[卯月 神]
 「良かったですね、受け入れてもらえて」


[リン]
 「シン……」



 日が沈む頃、朝蔵家の家の前で話す卯月とリン。



[卯月 神]
 「見ていたのなら知っていると思いますが、僕と朝蔵さんは今……」


[リン]
 「本気、なんですね?」



 ふたりの間に流れる空気がピンと張って静かになる。



[卯月 神]
 「はい」



 リンの言葉に頷く卯月。



[リン]
 「……はぁ、仕方無いですね。そこまで言うなら、私はもう何も言えないです」


[卯月 神]
 「!!……では」


[リン]
 「その代わりみてるまんじゅう、下さい」



 卯月に向けてその眼光を鋭くさせるリン。



[卯月 神]
 「そしたら、例の件は黙っててもらえますか?」


[リン]
 「はい!天使に、『二言(にごん)』……は、ありません!」



 慣れないような言葉遣いで話すリン。



[卯月 神]
 「……どう言った意味かは分かりませんが分かりました」



 対して、意味は分かっていない様子の卯月。



[リン]
 「使い方合ってるでしょうか……確か元の文は『男に二言は無い』!シン知ってますか?」


[卯月 神]
 「……ちょっと国語は」



 ……。


 その日の夜。


 私がリビングでくつろいでいた時。



[朝蔵 大空]
 「えっ、バイト?」


[リン]
 「はい!生活費、稼ぎます!」



 目を輝かせてやる気なリンさん。



[朝蔵 大空]
 「まぁ、すれば良いと思うけど……」



 天使が人間界で労働?



[リン]
 「それであの、シンから聞いたのですが、名前が欲しいらしいんです。私の」



 どう言う事?いきなり名前が欲しいって……。



[朝蔵 大空]
 「名前?リンさん?」


[リン]
 「えと、みょーじ……苗字です!一緒に考えてくれませんか?どうしても難しくて、人間に化けれるように!」



 つまり一緒に日本で使える名前を考えてほしいって事?



[朝蔵 大空]
 「あ、あーそうですね。良いですよ、ちょっと待って下さい」



 私はケータイを操作し、検索画面を出す。



[リン]
 「おお!『ハイテク』ですねっ!」



 リンさんが私のケータイの画面を見て目を輝かせる。



[朝蔵 大空]
 「え、天界には無いとか?」


[リン]
 「無い……ですね!」



 物珍しいって感じの目線だ。



[朝蔵 大空]
 「ほー」



 話を聞くに天界って意外と不便そうだなぁ……。


 私、人間に生まれて良かった。



[朝蔵 大空]
 「リン……リン……じゃあこの漢字とかどうですか?」


[リン]
 「これは……はい!良いかもです!」


[朝蔵 大空]
 「苗字……苗字か……この中で好きな漢字とかありますか?」



 私はリンさんに漢字一覧の画面を見せてみる。



[リン]
 「……」



 覗き込んで、真剣に選んでる……。



[リン]
 「こ、これ」


[朝蔵 大空]
 「ん?ああ、『月』か。月が付く苗字は……これとかどうですか?」


[リン]
 「……それにします!」


[朝蔵 大空]
 「は、はい……じゃあよろしくお願いします。如月(きさらぎ)(りん)さん?」



 案外サクッと決まってしまった。



[如月 凛]
 「きさらぎりん……如月、凛……はい!覚えました!」



 リンさん、名前が決まってめっちゃ嬉しそう。


 まあ、人間如きの私が力になれて良かったです。



[朝蔵 大空]
 「あ、じゃあ私もう寝ますねー」


[如月 凛]
 「はい!おやすみなさいませソラ様!」



 ……。


 翌朝。



[如月 凛]
 「るんるんるーん♪人間界はたっのしいなー♪」



 リン改めて凛は外へ出て辺りをウキウキとした様子で徘徊(はいかい)していた。



[如月 凛]
 「あ!ヒトの方!おはようございます!」



 凛が大きな声で誰かに声を掛けた。



[巣桜 司]
 「ひゃっ!?え?あ、はい、おはようございます?」



 それは登校途中の巣桜だった。


 突然知らない人に挨拶をされて巣桜は戸惑っている。



[如月 凛]
 「失礼ですが、名前を聞いても?」


[巣桜 司]
 「え?いや……えっと、巣桜ですけど」


[如月 凛]
 「スザクラ様!素敵な名前ですね!スザクラ様は、これからどこに行かれるのですかー?」


[巣桜 司]
 「へ……?」


[巣桜 司]
 (こ、この人なんかヤバい人かも……に、逃げる!)



 巣桜は凛に背を向けて逃げる事にした。



[巣桜 司]
 「す、すみましぇん!ぼく、もう行かないとなので!」


[如月 凛]
 「おお!そうなのですね!行ってらっしゃいませ〜!」



 凛は巣桜を追い掛けず、手を振って巣桜を見送った。



[如月 凛]
 「……?」



 その時、凛が地面に何か落ちている事に気付き、ソレを拾い上げる。



[如月 凛]
 「こ、これは……!オ・ト・シ・モ・ノ!!すぐに届けなくてはー!!」



 全速力で走り出す凛であった。


 ……。



[巣桜 司]
 「はぁはぁ、けほっけほっ……」



 教室まで走って逃げて来た巣桜はむせてしまう。



[狂沢 蛯斗]
 「なーんですか朝から、騒々しい……」



 狂沢は床に膝を付けて息を整えている巣桜を見下ろす。



[巣桜 司]
 「ち、近くで不審者が出て……」


[狂沢 蛯斗]
 「はぁ?言い訳は良いですから静かにして下さ」



 狂沢が言い掛けた時だった。



[如月 凛]
 「スザクラ様ー!オトシモノを届けに来ましたよー!!」


[狂沢 蛯斗]
 「なっ……」


[巣桜 司]
 「で、出たぁ……」



 オトシモノ、それは巣桜が置いて行った弁当箱の事である。


 凛がそれをここまで届けに来たのだ。



[朝蔵 大空]
 「……?あれっ!」



 あれは……リンさん!?


 なんで学校にいるの……。



[卯月 神]
 「朝蔵さん、とりあえず他人のフリです」



 横に座っている卯月君が小さな声で話し掛けて来た。



[朝蔵 大空]
 「は、はい分かりました……」


[卯月 神]
 「存在感も消して下さい、得意でしょう?」



 け、貶してる!?



[巣桜 司]
 「あ、それ……」


[如月 凛]
 「スザクラ様、オトシモノです!」



 リンさんが司君に弁当箱を突き出す。



[巣桜 司]
 「あ、ありがとうございます、わざわざ」


[如月 凛]
 「申し上げにくいのですが……中から美味しそうな匂いがしたので!中身を全て食べてしまいました!!」


[巣桜 司]
 「は、はい!?」



 何やってんのあの人……。



[如月 凛]
 「ですがご安心下さい!代わりの物を用意致しましたので……どうぞ!」



 凛さんは(ふところ)から何かを取り出した。



[巣桜 司]
 「何これ……」



 リンさんから司君の手に渡されたのはあの"みてるまんじゅう"だった。


 しかも1個。



[狂沢 蛯斗]
 「これが代わり……?」


[巣桜 司]
 「ふえぇ……」


[如月 凛]
 「任務完了!では私はこれで!」



 嵐のように去って行ったリンさんであった。



[狂沢 蛯斗]
 「理解が追い付かないんですけど」


[巣桜 司]
 「ぼくにも分かりましぇーん……」



 あの人、やばいな……。



[朝蔵 大空]
 「リンさん、私達に気付かなかったね?」


[卯月 神]
 「馬鹿ですから」



 あ、やっぱり馬鹿なんだあの人。



[二階堂先生]
 「今朝、校内に不審者が出たそうだ。お前ら、怪しい人物には近付かないように、気を付けて帰れよ」



 あんな事があった後でもあっという間に放課後。


 校内では今朝のリンさんの話題で持ち切りである。



[朝蔵 大空]
 「なんか、早速やらかしてない?リンさん」


[卯月 神]
 「そうですね。人の事言えませんよあの人」



 リンさん、喫茶店のバイト受かったとか言ってたけど、大丈夫かなぁ。



[永瀬 里沙]
 「ちょっと!ちょっと!今朝のイケメン誰よー!?」


[巣桜 司]
 「ぼ、ぼくにもよく分からないんですってば……」



 これはしばらくうるさそうだな。



[卯月 神]
 「朝蔵さん、ちょっと」


[朝蔵 大空]
 「んー?あれ卯月君!それ!」



 卯月君が片手に黒いケータイのような物を持っている。



[卯月 神]
 「バイト代で買ったんですが、イマイチ使い方が分からなくて……」



 そっか、天使だからケータイ持ってなかったんだ!



[朝蔵 大空]
 「えーほんと!?連絡先交換しよー!」



 やっとだ!!


 ……。


 その夜、ミギヒロは……。



[加藤 右宏]
 「大天使の野郎が降りてきやがった!」


[アリリオ]
 「ふーん、ややこしい事になってきたね。あんまり人間以外の者が下界に降りて来ると、上から怪しまれるよ」


[加藤 右宏]
 「ムムっー!バレる訳にはいかないのにー!」





 「大天使リンちゃん」おわり……。
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