私を導く魔法薬

彼の戻らない記憶

「…全く、何だったのよ…」

 再び静まり返った森の中、ダリアは立ち尽くしたまま呆れた。
 振り返り剣士を見ると、彼の鎖も無事解けたらしい。

「…あれは私狙いだったみたい。巻き込んで悪かったわね…」

 彼女は呆れと半笑い、申し訳無さが混じった微妙な表情でそう彼に言うと、彼は首を横に振る。

「いや、仕方がない」

 彼はそう答えたが、問題はまだ残っている。

「…で、記憶は戻った?アイツは消えちゃったから、あんたは自分がどこから来たのかわからないと帰れないでしょう?やっぱり操られていたみたいだし」

 ダリアがそう尋ねるが、彼は困惑の表情のまま、また首を横に振った。

「いや、記憶はまだだ。…お前は、俺が何者かも分からないのに俺を気にするんだな。悪意があったかもしれないんだぞ?」

 言われ、彼女は考える。
 そう言われてみれば、操られていたとはいえ、もとの彼が悪意を持つ者ではなかったとは言い切れない。

 しかし出会って吹雪を止ませてから、彼が悪だと感じたことなど一度もなかった。

「…あんたが悪者なわけ、無いわよ」

 そう、無意識に口をついて出る。
 普段は確信もなく相手に物を言う彼女ではなかったが、彼のことはそう信じられる気がした。

「さて、再開するわ」

 彼女の掛け声に、彼は首をひねる。

「忘れたの?あんたの記憶、まだ戻っていないんだから戻す方法をこのあとも考えるのよ」

 彼女の真っ直ぐな表情から紡がれたその言葉に、彼はフッと笑う。

「…本当に、お前は面倒見がいい」
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