Love Terminal

第1話 お兄さんは誰ですか?!

(はぁ~、今日も最後だ……)
 うちの会社はもともと人手が少ないのに、今年になって何人かが辞めた。
 基本給が上がらないとか、無理強いが過ぎるとか、結婚するとか。

 私だって、今の給料にはまったく満足していない。
 むしろ、不満すぎる。
 もちろん新入社員の頃に比べたら多少は上がったけど、保険料とか税金とかが上がったせいで、手取りは逆に減った。
 友達と休みが合わなくて使うこともないけどね! 休みの日にショッピングするのもけっこう疲れて最近は何も買ってないけどね!
……近い将来、寿退社の予定も、残念ながらないけどね!!

 私の部署も上司が辞めて、やっとできた後輩も……先月で辞めていった。
 だから、どこまでも自分勝手な人が多いこの会社で、私はほぼ、ひとりぼっち。
 いるんですよ、仕事で仲良くしてる人くらいは!!居場所くらいはあるんですよ!!

 でも、次から次へと仕事を持ってくる男性陣が多すぎて、自分の仕事が出来ない日々。

 私はコピー係じゃないっ!!
 電話番でもないっ!!!
 人の仕事を手伝うために出勤してんじゃないーっ!!
 私には、私の本来の仕事があるんだーーっ!!!

 会社を訪問してムズカシそうな男の人がお茶を出してくれたら余計緊張するだろうから、そういう接客は女性陣でしよう、とは決めたけど。

 終わったなら終わったって、ひと声かけてほしい。
 気付かないでそのまま、次のお客さんを案内したらどうするんですか!!
 女性陣が帰ったあとでお客さんが帰ったのなら、せめてゴミは捨てて、カップを洗い場まで運んでおいてほしい。

 あと関係ないけど、飲みかけの缶コーヒーとかカップのコーヒーをそのままゴミ箱に捨てるのも、大人としてどうかと思うな……。

 やっと落ち着いて自分の仕事が出来るのは、いつもだいたい昼食後。
 それでもやっぱり、会議がある日は、休憩から戻ると机の上に『コピー○部 △時~会議』とか、メモがあるんだ……。


 そんなこんなで、最近は定時に帰れていない。
 女性陣の中では、シフト設定の都合でもあるけど、私がだいたい、最後に残ってることが多い。
 みんなが帰って行くのを見送りながら、自分の仕事と戦いながら、持ってこられたコピー原本をにらみながら、いつの間にか、男性陣も、鍵当番の人しか残っていない。

「終電、間に合うか?」

 その言葉を聞いて、私は駅まで全速力で走る。
 そして、家の最寄り駅まで走っている電車に、いつもギリギリ乗る。

 電車を降りてからコンビニに寄って、晩ご飯を買う。
 学生の頃から付き合ってた人はいたけど、私の仕事が忙しくなって、会えないのを理由に浮気されて破局。
 仕事で疲れて家に帰って、わざわざ自分のご飯を作る気力もない。
 だから私はいつも、晩ご飯と一緒に、朝ごはんも買って帰る。

 ちなみに、お酒はあんまり飲まない派。
 なぜなら、次の日、起きられないし、絶対仕事に影響するから。


「ただいま~……もう日付変わってるし……」

 荷物を床にドサッと置いて、とりあえずシャワーを浴びる。
 お風呂を入れることもほとんどなくて、でもたまにはゆっくり入りたくて、でも……、自分だけ入るのに、お湯が何リットルも、勿体なくて……。


 寝る前に食べたら太るけど、お腹が空いては寝れません。
 本当に軽ーく、軽ーく食べて、ベッドにダイブした瞬間、私はすでに夢の中。

 セットしている目覚まし時計が鳴り響くまで、私の記憶、さようなら。




 朝、うるさく鳴り響く目覚まし時計を止めて、夜とは違って朝はゆっくり、それでも、けっこう早く会社に到着する。

 なのに、気がつけばもう夜になっていて。
 夜、というより、今……、真夜中だと思うんですが……、会社をいつも通り最後から2番目に出て、電車に乗ったところまでは覚えてるんですが……。


○質問・その1。
私はどうしてこんなところ──終着駅のホーム(もちろん真っ暗)にいるんでしょうか??

○質問・その2。
私の右手を握っているこの男の人は、一体どこの誰なんでしょうか??

○質問・その3。
そしてどうして、この男の人は、こんなにすやすやと眠っているのでしょうか??

○追加。
それも、ちょうど壁が奥まった、風をよけた場所のベンチで、私の肩で……。


「あ、あの……」
「ん? ……ああ、起きた?」

 それ、私の台詞なんですけど。
 とりあえず、この状況になったイキサツを説明してください!
 と言おうとして彼を見て、プチ・どきどき。
 36歳くらいの、わりとイケメンな細身のお兄さんでした。

 お兄さんは私の肩から身体を起こし、こっちを向いて笑顔で言った。
「君が、あんまり気持ちよさそうに寝てるから、ついててあげたんだよ」

 イマイチ、状況がわかりませんけど……。

 お兄さんはニコっと笑って、言い直した。
「さっき電車で、僕の隣に君が座ってた。ずーっと僕にもたれて寝てて、終点まで来た。電車から出ないといけないけど、駅のホームなら居て良いって駅員さんが言ってくれたから」
「!? すみません……降りる駅、どこだったんですか」
「気にしないで。僕が決めたことだから」
 朝までここにいるしかないですか、なんて聞いたところで絶対そうに決まってる。
 この駅の外に何もないことは、この路線を使う人ならみんな知っている。そんな田舎の駅。

 お兄さんは笑顔のままだ。
「だからって、その……」
 私は黙って、自分の右手を見た。お兄さんの左手は全然、離してくれそうにない。
「ああ──さっき抱いた時に冷たかったから」
「えっ?! だ、抱っ……?!」
「終点についても気付かないから、抱えて運んだだけだよ。手が冷たかったから暖めてたんだ」


 お兄さんの言う通り、衣服が乱れた感じはないし、鞄の中が荒らされた形跡もない。
 そもそも、このお兄さん、爽やか過ぎて憎めないんですけど……!
 もちろん、知らない間にとはいえお世話になって、憎むどころか感謝ですけど……!

 と思った次の瞬間。

 私の唇に柔らかい感触と温かさを残して、触れるか触れないかの距離に、端整な顔立ちをしたお兄さんが私をじっと見つめていた。右手はまだ、私の頬に添えられたままだ。

「な、なんてことするんですか……!」
「お礼をもらっただけだよ。減るもんじゃないし、良いだろう?」


 全っ然、良くないです!!
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