Love Terminal

第7話 やっぱりお見合いしたくない

 なに、このドキドキは……!!!
 目の前にいるのはよく知った(?)人なのに、ものすごく緊張するんですけど……!!!!!
 おかげで、言葉が出ないんですけど……!!!!

「そんなに緊張しないで。僕だよ? ほら、この、赤外線のない携帯電話」
 健さん──庄司さんは笑いながら、携帯電話を取り出した。
「……。頭が、混乱してて……」
 もしこれが漫画の世界だったら、私のイラストは雄叫びをあげている。
 テレビだったらネガ風で、すごい顔になっている。

「い、いつ……、しょ、どうして」
「コトバになってないよ?」
 私はすごいビックリしてるのに、庄司さんは笑顔のまま。
 医院長の息子さんがショウジさんだったなんて、いまだに信じられません……!


「──僕が知ったのは、千沙子ちゃんと再会した日だよ」

 あの日、私はショウジさんと2度目に会って、連絡先を交換した。
 それから、仕事を辞めて結婚する、と言った。

「僕がお見合いの話をもらったのは数年前。あの町に医者がいないって聞いて、通うようになってすぐの頃だった。でも、詳しいことは何も知らなくて、こないだ初めて……再会する前の日に、うちの近くに住んでるって聞いた。千沙子ちゃんだったら良いなぁとは思ったけど、まさか本当に『実家に帰る』って聞くとは……」

 私の言葉に表情がかたくなったのは驚いていたから、と庄司さんは言った。
「正直、迷ったよ。言うか言うまいか」
「どうして、言ってくれなかったんですか……言ってくれてたら、あんなに泣くこと……」
「──嬉しかったんだよ。僕と別れるのが泣くほど辛いんだ、って。だから、可哀想だし、自分も辛いけど、言わなかった。僕は彼女としかデートしないって言ったの覚えてる?」
「……はい」
「あの時点で──千沙子ちゃんが僕のお見合い相手だってわかった時から、僕の彼女だったよ。僕のことはまだ言えなかったけど、なんとなくわかるかなぁと思って、あのホテルを予約したんだけど……それどころじゃなかったね……」

 素晴らしいほどの夜景は確かに見たけど、私はそれから、ずっと泣いていた。
 お風呂に入って、寝る時も、涙はなかなか止まらなかった。


「他に何か、聞きたいことある?」

 ありすぎます。
 ありすぎて、何を聞いていいのかわかりません。
 でも、確かなのは、私の目の前に現れた見慣れた顔のショウジさんは、本当に、医院長の息子さんのタケル先生だってこと。
 ショウジさんと別れるのが辛かったのと同じくらい、タケル先生のことを知りたいってこと。


「……お見合い、中止しませんか?」
「え……?」
 タケル先生は、まさか、という顔をした。

 ──やっぱり、お見合いなんて、私には似合わない。

「私、ショウジさんとはずっと恋愛してるんです。お見合いの必要なんか、ないですよね」


 ショウジさんが『私の実家に行って中止してもらいたい』って言った時も、たぶん、今の私と同じ気持ちで言ったんだと思ったから。
 それが彼に伝わったのか、やがてショウジさんは照れて笑っていた。


 それから、私は庄司さんと一緒に実家に戻った。
 2人とも全然緊張してなかったから、驚いたうちの家族全員。

「お母さん、私が昨日、好きな人がいた、って言ったの覚えてる?」
「ああ、ダメだって言ったね、千沙子にはタケ──」
「僕だったんです。信じられないかもしれないですけど」

 庄司さんの発言に、目を見開いたうちの家族全員。
 飼い犬だけは、伸びをしながら、大きなあくびをした。
「へぇ……近くに住んでるとは思ってたけど、あらそう……」
 お母さんは本当に驚いていて、お父さんは、複雑な顔だ……。


 私と庄司さんは、春に結婚することになりました。
 それまではまだ日があるから、私は実家で花嫁修業。

 掃除、洗濯、料理に買い物、ひとり暮らしの間にももちろんやったけど、そのうち家族が増えるんだから、って、量が多いのを経験。
 ちなみに、庄司さんはオカネモチだから庶民の味はどうだろう、って心配してたけど、むしろ私以上に庶民っぽい人で、心配はなくなりました。

 庄司さんも、今まで住んでいた町を出て、 病院とこの町の中間くらいの住宅街でマンションを探してお引越し。
 今はまだひとり暮らしで寂しそうにしてるけど、近いうちに同棲を始めて、そのまま夫婦になる予定。

「千沙子、あんまり無理しないでいいからな?」
「ん? なにを?」
 今のは、庄司さんの言葉。
「うちのこと。親父が医院長だとか、気にしなくて良いから」
「うん……でも、庄司さんの──」
「ほら、それも。名字で呼ぶ夫婦って、いないよ」
「……。健さん。なんか、気持ち悪いなぁ。ずっと名前と思ってショウジさんって呼んでたのに」
「それは、完全な千沙子の勘違いだよ」

 庄司さん──健さんが休みの日に、ときどき私が遊びに行って、その度に、部屋に飾ってあると言うか、置いてあるというか、医学の専門書の数に圧倒されてしまう。彼の裕福な(たぶん)家庭も、想像してしまう。

「それから、いつかは──『さん』も、とってくれると嬉しいんだけど」
 それは私も思うけど、健さんは、10歳も上なんです……。
 急には言えないだろうから、心の中で、練習しておきます。


 久々に健さんが連休になって、泊まりでデートになりました。
 私も知ってる懐かしい場所に行くっていうから、楽しみにしてたんですが。

「懐かしいなぁ。あの柵、ちょっとグラついてるんだよ」
 健さんの車でやってきたのは、最初の出会いの、例の終着駅。
「この駅は、終着駅じゃないって知ってた?」
「え? でも、線路は切れて……あ、そっか」
「終着駅ってことは、始発駅ってこと。始まりの場所」

 健さんの言葉に、一瞬、ドキッとした。
 私と健さんは、本当に、ここから始まった。
「──ごめんね、あのとき僕、キス魔だったね」
「そっ、それは、私も……」
「よく脱がさなかったな、って思うよ」
「……こんなとこで、風邪ひきますよ」
「そうだね……」

 駅に行った時点で、なんとなく想像はしてたけど。
 健さんが予約してくれていたホテルも、前と同じスイートルーム。
 改めて窓から夜景を見て、健さんと出会えたことに感謝する。

 お風呂から出て改めて窓に貼り付いていたら、近くでふわっと良い香りがした。
「夜景も良いけど──僕は千沙子を見たい」
「……患者さんにはそんなこと言わないでくださいね、タケル先生?」
「今はただの千沙子を愛する男だよ」
 キスをしながらベッドに運ばれ、健さんの手が私の肌に触れた。着ていたものがゆっくりと、1枚1枚脱がされていく。
 あとはもう──2人だけの秘密。


 終わった場所で、また始まる。
 ちょっとだけ、恋から愛にレベルアップして。
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