彼は溺愛モンスター

出会いと別れ

これは、私・真壁(まかべ)イヨが5歳のときの話。
新しいお隣さんが、引っ越しの挨拶をしにきた話だ。

「はじめまして。隣に越してきた佐藤です。よろしくお願いします」

「あらまあ、よろしくお願いします〜。ほら、イヨもあいさつしなさいっ」

私はなんだか恥ずかしかって、ぺこりとお辞儀だけした。だって私、人見知りなんだもの。

「まあ! この子ったら、恥ずかしがっちゃって……。あら。もしかして、息子さん?」

ママは、新しいお隣さんと一緒にいる可愛い男の子を見た。
私もつられて、男の子を見てしまった。

そして、瞬間絶句する。

ふわふわしたくせっ毛。

くりくりしたまつ毛に、ぱっちりと大きく開いた瞳。その瞳は、今にも泣き出しそうなほど、うるうるしている。

ピンク色の頬にくちびる。

か、かわいい……!
男の子なのに、かわいい……!

私はその子に興味を持ち、手を差し出した。

「わたし、いよ。あなたはなんていうの?」

覚えたての言葉が、たどたどしい。
それでも、がんばって話してみた。

すると、その男の子は、恥ずかしそうに下を向きながら、話してくれた。

「ぼ、ぼく……かえで」

「かえでくんってよぶね。よろしくね!」

「う、うんっ!」

同い年だった佐藤楓くんと仲良くなるのに、時間はそうかからなかった。
私たちは、どこに行くときもずっと一緒だった。

「いよちゃあん! みてこれ! すごいよっ!!」

「ほ、ほんとだあっ! すごいすごい!」

アリの行列を見て、二人でお散歩して、公園で追いかけっこして––––。

でも、楽しい時間は、そう長くは続かなかった。

「え。お引っ越し?」

それは、私が二年生のとき。
楓くんが、引っ越してしまうと聞いたんだ。

「そうなのよ。佐藤さん、引っ越すんですって。イヨ、あなた、楓くんと仲よかったわよね? 最後だから、たくさん遊んでおきなさい」

……どういうこと? 楓くんと、離れ離れになるってこと?

そんなの嫌っ!

私は楓くんの家を訪ねた。そして、出てきたのは、楓くんのお母さん。

「あ、おばさん! 楓くん、いる?」

すると、おばさんは困ったという表情を見せた。よく見れば、冷や汗をかいている。

「……実は、楓、いないのよ」

「え?」

「私たち、あとちょっとでいなくなっちゃうの。引っ越しのこと、ママから聞いたよね。楓にも伝えたんだけど、そしたらあの子……」

嫌だ! イヨちゃんと離れるなんて、絶対に嫌っ!

って言って、家から出て行っちゃったの。どこにいるのかしら––––。

おばさんからその話を聞いたとき、私は目頭が熱くなるのを感じた。

楓くん、そんなふうに思って……。

「おばさん! 私、楓くんがどこにいるか、わかるかもしれない!」

「え、イヨちゃん!?」

おばさんの止める声を無視して、私は“ある場所”へ向かった。

それは、私と楓くんの思い出の場所。

二人で初めて遊んで、迷子になって、ずっと一緒にいようねって、約束した場所。

「楓くん!」

その場所に着いたとき、楓くんは本当にいた。

「イ、イヨちゃあんっ」

楓くんは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
そして、泣きながら抱きついてきた!

普段ならよしよしってしてあげるとこだけど……。

私は「えいっ」と、楓くんをひっぱがした!

「えぇ?! イヨちゃん、なんでぇっ」

「楓くん! 私たちの絆は、会えなくなったらすぐ壊れるような、脆いものじゃないでしょっ! だからね、約束するよ。このキーホルダー、半分あげる」

お気に入りのさくらんぼのキーホルダー。二粒で1つ、まるで、私たちみたい。

「いつかまた会えたら、くっつけようね」

だから、笑顔で。

私は楓くんに、精一杯の笑顔を向けた。

––––翌日、隣の家は、もぬけのからだった。
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