新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜
ステージに上がったことの恥ずかしさと高橋さんに早く報告したい気持ちで、もう何だか分からない焦りが出て急いで席に戻って慌てて椅子に座ると、折原さんがテーブルの上に置いた賞品を覗き込んだ。
「商品券だ。凄いじゃない」
「折原さん。でも、これは……」
「良かったな」
エッ……。
その声に顔を上げると、左手で私の右肩をギュッと掴んだ高橋さんが、後ろを通り過ぎる際、テーブルの上に置いてあったもう1枚のビンゴゲームのカードを持って行ってしまった。
「あの、高橋さん」
「いやーん。何処に行ってたんですかあ? ビンゴ、まだ1人しか当たってないから十分チャンスありますよぉ?」
呼び止めたのだが、出納の人達の声にかき消されてしまっていた。
高橋さん……。
そうだった……忘れていた。
高橋さんは、これからあの美奈という人を部屋まで送っていくことになっていたんだった。そのことを考えたら、何だか憂鬱な気分になる。
ビンゴゲームは、その後、次々にビンゴになった人達が出て盛況のうちに終了し、物まねやマジックを披露してくれた課長に、割れんばかりの拍手が起きていた。
「それでは、宴たけなわではございますが予定の時間になりましたので、これをもちまして経理部の宴会はお開きにさせて頂きたいと思います。尚、こちらの会場は23時半まで借りてございますので、それまではどうぞ皆さん宴会の続きをされたい方はお使い下さい。また、お部屋、或いは場所を変えて二次会をされる方は、時間も時間ですから節度ある行動で他の宿泊客の方々にご迷惑が掛からないよう、配慮をお願い致します。ですから、元々、地声の大きい方はどうぞ宴会場で引き続き宴を楽しまれることをお薦めいたします。では、皆さん。長いお時間、ありがとうございました」
司会進行の人に温かい拍手が送られ、宴会はお開きとなって一斉に立ち上がって動き出す人でごった返し始めた。
「高橋さーん。お部屋に連れて行って下さいね」
高橋さんの右腕に、美奈という人がしがみついている。
「矢島ちゃん。どうする? まだ、此処に居る?」
「えっ? あの、私は……」
「心、此処に在らずって感じね」
「い、いえ、そんなことないですよ。折原さんは、この後、どうされるんですか?」
「私? 私は、そうねぇ……」
そこまで言い掛けて、折原さんはお皿に残っていたシュウマイを口に運んだ。
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