新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜
全員が出て来てドアが閉まった途端、訳もなく膝が震え出してしまい、そのままドアに背中を預けるようにして床に座り込んだ。
何だか、大事になってしまった気がする。部屋の中に居たのは、殆どが新人と2年目。きちんとあの男性に私が謝っていれば、こんなことにならなかったんじゃ……情けない。高橋さんや折原さんにまで迷惑を掛けてしまって、いったい何をやっているんだろう。
せっかくの部内旅行がこんなことになってしまって、きっと周りの人達だって気分良くないと思う。去年はあんなことがあって……などと、語り継がれることを思うと、気分が滅入りそうで居ても立っても居られなくなった。
高橋さんは、 『ちょっと、部屋に入って待っててくれ』 と言っていたけれど、とても落ち着かなくて待てるような気分ではなくなっていた。
この後、高橋さんはどうするんだろう? 部屋の中に居た人達は、どうなるの? もし、その人達が戻ってきて顔を合わせた時、どんな顔をすれば……。
居ない方がいい。あの人達だって、きっと明日の朝とか顔を合わせたくないだろうし、私も気まずい。それに、高橋さんや折原さんにもこれ以上、迷惑掛けたくないし、元はといえば帰ろうとしていたんだから。高橋さんと折原さんには、きっと心配するだろうから伝言を残して帰ろう。
時計を見ると、終電にギリギリ間に合いそうだったが、駅まで走っていく元気はすでになくなっていたのでホテルの前からタクシーで帰ろうと思い、そう思ったら高橋さんが戻ってくる前にと慌ててベッドの上に置いてあったバッグを持って部屋を出た。
フロントで事情を説明して、部屋番号が分からなかったので高橋さんと折原さんに伝言メモを残して渡して貰うようにお願いし、タクシーの手配をお願いしようとすると、タクシーはタクシー乗り場に常に1台待機しているのでホテルを出て、目の前のロータリーに行けば乗れるとのことだったので、チェックアウトを済ませて急いでタクシー乗り場へと向かった。
タクシーに乗って行き先を告げてから、眠らない都心の夜景を眺めていると、一抹の不安が過ぎる。こんなことで、明後日からの出張に行かれるんだろうか? 高橋さんに帯同して、仕事をこなせるんだろうか? 足手まといになるだけなんじゃ……。
深夜なので道も空いていて、電車より20分ぐらい早く家に着き、落ち着かない気持ちと冷えた体をゆっくり温かいお風呂に浸かって解し、湯冷めをしないうちにベッドに横になると、見知らぬ男性に怒鳴られて極度に緊張したせいか直ぐに眠りに就いていた。

「何だと思ってるんだ?」
「す、すみません。申しわけありません」
ハッ!
夢? 良かった……。
夢の中で理由はよく分からないが、高橋さんに怒鳴られて必死に謝っていた。凄く怖かった。でも……何故、高橋さんに怒鳴られる夢なんて見たんだろう? 怒鳴られたことも、怒鳴っているところも見たことないのに。
あっ……もしかして、昨日、見知らぬ男性に怒鳴られたことのインパクトが強くて、夢に出て来てしまったのかもしれない。それが見知らぬ男性から、高橋さんに夢では変わっていて……。何だか、とても寝起きなのに疲れていた。
うわっ。
半分寝ながらベッドの中でゴロゴロしていると、急に枕元に置いてあった携帯が振動を始めたので驚いて携帯を掴んだ。
― 高橋貴博 ―
エッ……。
携帯の画面に表示された文字を見て、血圧とアドレナリンが一気に上昇して目が覚めた。
「も、もしもし」
「高橋です。おはよう」
「あ、ああ、あの、お、おはようございます」
飛び起きて電話に出たが、高橋さんの声を聞いて思わずベッドの上で正座をしてしまった。
昨日、 『ちょっと、部屋に入って待っててくれ』 と言われていたのに勝手に帰ってきてしまって……。謝らなくちゃ。
「あ、あの……」
「大丈夫か?」
「えっ?」
「体調は、大丈夫か?」
エッ……。
< 29 / 181 >

この作品をシェア

pagetop