振り解いて、世界
「大ヶ谷さん、今日のセッションで一緒に飲もうだって。今日ってセッションなんかあったっけなあ……?」
ライブハウスのホームページにアクセスすると、イベント告知の欄には初心者向けのセッションライブと記載がされている。
わたしは首を捻った。
「初心者向けのセッションか。わたしはともかく、大ヶ谷さんが行っても面白くないはずだよね。何で誘われたんだろ」
「知ってる場所だったら、いろ巴が来やすいからだろ。あとは……まあ、いいわ」
セレンは面白くなさそうに、だし巻き卵を割って口の中に放り込んだ。
「どうしようかなぁ。せっかく誘われたし行ってみようかな。初心者向けのセッションなんて何年ぶり?って感じだけど」
「おれも行くよ」
「セレンも?」
思ってもみなかったセレンの反応に、わたしは身を乗り出してテーブルに両肘をついた。
「セレンが初心者向けのセッションに参加したら、それこそ皆がびっくりしちゃうよ。何でいるの!?ってなるじゃん」
「バーカンの端っこで黙ってたら分かんねぇだろ」
「それはいつもじゃない? セレンはどこにいても目立つんだよ。演奏してる人達も見られてると変に緊張するだろうし」
「来んなって言いたいの?」
「まあ、ライブハウスの秩序を守るために……」
「じゃあ、いろ巴が行かないで。あいつのとこに」
「へっ」
はじかれたように小さくのけぞる。
わたしの裏返った間抜けな声が室内に響いた。
「聞こえなかった?」
「き、聞こえたよ。聞こえた聞こえた!」
「そっか。それなら、もう一回言おうかな」
「いや、むしろわたしの声は聞こえてる!?」
「聞こえてるよ。うるさいくらい」
セレンが楽しそうにくすくすと笑い声を漏らす。
それがたまらなく恥ずかしくて、瞬く間にカーッと顔が火照り出した。
きっと今頃、頬が真っ赤になっているだろう。
すぐにでも両手で覆ってしまいたいけど、そんなことをしたらまたセレンにからかわれる。
恥ずかしい。
セレンが、付き合っている彼女に言うような言葉をわたしに向けてくるからだ。
大ヶ谷さんに嫉妬しているんじゃないかと思わず勘違いしそうになる。
それだけは絶対に違うはずなのに。
分かってはいるけど、こんな感覚は初めてだからどうしたらいいのか分からない。
戸惑いながらセレンを見やると、セレンは一瞬だけ目を見開いてからわたしを見つめ返した。
「おれ、本気で言ってるよ。いろ巴があいつのとこに行くのはやだ」
「ほ、ほ、本気なの? またからかってない?」
「からかってないよ」
「わたしが行かなかったら……セレンは嬉しいの?」
「おれが嬉しかったら、いろ巴は嬉しいの?」
「ずるい、答えになってない!」
せっかく収まりかけていた鼓動が、またバクバクと暴れだす。
今までのわたしが少しずつ壊れていくような気がした。
きっとこんな気持ちになるのは、セレンの声がいつもよりも甘くて優しいからだ。
二人の間に流れている空気も、お互いの距離感も全然違う。
それに不思議なのは、こんなに恥ずかしいのに、二人の時間がずっと続いて欲しいと心のどこかで願っていることだ。
この気持ちって何なんだろう。
この気持ちに名前を付けるとしたら、何なんだろう。
ぐるぐると思考を巡らせながら、大ヶ谷さんのラインに目を向ける。
もう一度、読み直したところでふと疑問が浮かんだ。
「あれ? 大ヶ谷さんが言ってる面白いニュースって何だろう」
わたしは何の躊躇いもなく、ネットニュースを開いた。