振り解いて、世界
 でも悲しいかな、そんなわたしの気持ちを無視するように、お腹がぐぅと大きなを立てた。

「腹減ってんだろ」

 セレンが、なにかを堪えながら口角に笑みを浮かべている。
 
「わ、笑いたかったら笑えばいいじゃん! 変に我慢されてるほうが恥ずかしいよ」
「そう? じゃあ遠慮なく」

 セレンは人懐っこい笑顔を向けた後、イスの背もたれにどかっと身体を預けるように座った。
 見慣れているはずのセレンの笑った顔に、ドキンと鼓動が跳ねる。
 だめだ、だめだ。
 さっきから、なぜかセレンが可愛く見えてしまう。

「昨日あんなことがあったから、いつもと違うのかもしれない……」

 ぼうっと考えながら席についたせいか、本音がつるりと口から飛び出る。
 気づいた時にはもう遅かった。
 セレンは少しだけ目を見開いたあと、静かな眼差しをそっとわたしに向けた。

「昨日はごめん」
「なんでセレンが謝るの? 悪いのはわたしだよ」
「ちょっとムキになってたから、おれ」
「ムキに……? ごめん。よく分かんないんだけど、わたしが悪いのは間違いないよ。あんなに酔っ払って、部屋を散らかしたりはもうしないから」
「いや、それは別に……」
「それからわたしも、セレンとはちゃんとした友達でいたいって思ってるよ。昨日言われことはその通りだと思う。でもわざとじゃなかったの」
「わざとだったら怒ってるよ」
「ごめんね。同じことは繰り返さないように気をつけるから」

――そんなに嫌だった?

 ふと生まれた疑問を口にするのが怖くて、唾液と一緒に飲み込むと小さく喉が鳴る。
 セレンは、わたしをじっと見つめたまま頬杖をついた。

「おれ、友達でいたいなんて言ってないよ。今はそれでもいいけど」
「え……?」
「意味も分かんなくていい」
「でもわたし、セレンのことは大切に思ってて……」
「知ってる」
「ほんとに? わたしの気持ち、ちゃんと伝わってる?」
「伝わってるよ」
「そんなにあっさり言わないで。わたし、本当にセレンが大切なんだよ。なのにあんなことしちゃって……セレンには嫌われたくないって思ってるのに。だめだった」

 瞳がじんわりと熱くなって、視界がゆらゆらと揺れる。
 どうして突然、泣きたくなったのか自分でも分からない。
 こんなおかしな感情をセレンにぶつけたくはないのに、一端思いを口にすると止められなかった。
 ズズッと鼻を吸う。
 涙を堪えるのに精一杯なわたしを見兼ねたのか、セレンはテーブルの端に置いてあったティッシュを箱ごと差し出した。 

「嫌ってなんかないよ。だからおれのこと、それ以上煽んないで」

 その言葉の意味もわたしにはよく分からなかったけど、セレンの話はちゃんと聞いているよ、という意味を込めて深く頷いてからティッシュを受け取った。
< 41 / 114 >

この作品をシェア

pagetop