弊社の副社長に口説かれています
陽葵が九州に行った頃には当然通信機器は持っていなかった。寮へ電話すれば話すことは可能だが、京助にはできないと伝え自分が窓口になるよう仕向けた。二人きりで話し込めば自分の罪がバレるからだ。
高校を卒業したはずでも本人からの連絡はまったくない、完全に姿をくらませたがそんなことは京助には伝えず、よき母を演じ続けていた。

その全てが噓だったと今さらながら判る──判っても京助は糾弾することはしなかった。そんなことをしたところで、新奈が陽葵を受け入れることはないだろう。
小さなため息を吐きありがとうと答え、ジャケットとネクタイをハンガーにかけ寝室の鴨居にかけると風呂場へ向かった。

(──陽葵のことを聞くなんて)

背を見送りながら新奈は思う。今までにもなかったわけではないが、なにか胸騒ぎがしたのは犯罪者の勘か。一度は食事の支度をしようとキッチンへ向かいかけたが、すぐに寝室に取って返す。

まずはジャケットのポケットを探った。スマートフォンを見つけホームボタンを押したがそこまでだ、パスコードまでは判らない──本当なら聞きたいが、そうなれば自分のものを知らせないといけないのかと思えばできずにいた。スマートフォンは最大の情報源だが探ることはできない、とりあえずロック画面には何も表示は残ってはいなかった。他にはハンカチや名刺入れが入ってる、そして紙の手帳を見つけ、これだと早速開いた。

メモ欄には特に記載はない、スケジュールを見れば会社名と時刻が並び、忙しくしている様子が判った。
本日の日付には『セントラルホテル、12時』とある。まさに陽葵と会っていた場所と時間だが、その書き込みだけでは判らなかった。

(……これを見る限りじゃ、特に陽葵と連絡を取っている感じじゃないわね……)

他に情報源はないか、京助の鞄を開いた。あまり乱暴にして漁った痕跡は残したくはない。中身をわずかに引き出し確認するが、ファイルやクリアフォルダーなど、概ね仕事関連だと感じる。

他にめぼしいものはない、最後に財布を手に取った。中を改めれば札を入れるポケットに一枚だけ名刺が入っているのが見えた、なぜこんなところに──陽葵の名を期待して手に取ったが、それは尚登のものだった。

「……末吉商事……代表取締役……?」

世界に進出する設計会社だと専業主婦の新奈にも判る社名だ。京助の仕事相手だろうか、それほどの大企業を相手にしているとは、勝手に鼻が高くなる。

(でも、代表取締役って)

京助の仕事は知っている、関わるなら経理関係だ。いくら大企業でも名刺のやり取りならばその関係の者ではないのか、監査などならまだ理解できるが。

(代表取締役って社長でしょ。こんな大企業の社長と直々に経理の話?)

それはそれで自慢になるが、どこか腑に落ちなかった。財布に入れておくほどの大事な名刺ならば京助からなにか報告があるような気がした。
その名刺は自分のスマートフォンで撮影し記録した。そして元通りに入れ財布を戻し、受け取った名刺入れるフォルダを取り出し見てみるが、その中には末吉商事のものはなく、陽葵の名もなかった。

(……やっぱりちょっと思い付きで陽葵が気になっただけかしら……)

気になりつつもほっとし、食事の準備を始めた。

改めて尚登のことを調べたのは食後だ。スマートフォンで会社名を検索すれば簡単に引っかかる、社名と住所を確認すれば間違いなかった。そして役員一覧という項目が目に留まり早速開く。ご丁寧に写真付きの役員紹介である、その時初めて『代表取締役』と『代表取締役社長』が違うのだと知った。

「え、嘘──」

思わず声に出た、隣に座りテレビを観ていた京助が首を傾げて新奈を見る。新奈は慌てて笑顔を作り誤魔化した。

(え、高見沢尚登……!? 待って、かっこいいじゃない……!)

簡単に見つかったその写真自体は就任時に撮ったもので今より2歳若いが、新奈には関係ない。しかも一番最初に紹介されているのは代表取締役会長・CEOと書かれた『高見沢則安(たかみざわ・のりやす)』、次にいるのが代表取締役社長・COOの『高見沢仁志(たかみざわ・ひとし)』だ。同じ姓でそのすぐ下にある『高見沢尚登(たかみざわ・なおと)』が、会長と社長の血族だと簡単に推理できる。

(え、待って待って待って。このイケメンは末吉の跡継ぎってことじゃない? ええ、やだー、いいじゃない、年齢的にも見た目的にも史絵瑠に釣り合うわ。 やっだー、結婚とかなれば義理とはいえこのイケメンの母親か、悪くないわー)

知らぬうちに舌なめずりをしていた、勝手に鼻唄も流れてしまう。

史絵瑠は自慢の娘だ。世界中の誰よりもかわいい愛娘は、自分の分身のように感じた。スカウトでもされないかと史絵瑠をモデルにアパレルブランドを立ち上げ専門店まで開いたが、生憎スカウトの目に留まることはなく店も短期間に閉店を余儀なくされている。

事故死した前夫の遺産で立ち上げた店で、パタンナーや裁縫師なども雇って鳴り物入りで開店したが、6人の従業人に給料を払うのも苦労するほど売れることもなかった。デザインは史絵瑠のために新奈自ら行った、だが時代が付いてこなかったと思っている。
世の中は金だ、金さえあればなんでもできる。自分で稼ぐより金持ちの男と結婚したほうが楽だと思い、多くのマッチングアプリで出会いを求め、結婚相談所にも通い京助と巡り会ったのだ。

史絵瑠もそうすればいい、どこの誰よりもかわいい娘がこんな男と交際、結婚となれば更なる自慢だ、自分にもおこぼれがあるに違いない。
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