弊社の副社長に口説かれています
そう、陽葵など、可愛げもなく女としての価値などない。

京助との結婚前に何度か会った時には、おとなしく、よく躾の行き届いたいい子だと思った。だがいざ一緒に住み始めれば、なぜかそれが可愛げないと鼻につくようになった。

一番は近所の評判だ、元々藤田一家が住む家に一緒に住むことになり、近所の挨拶に回った時。
新しく家族になりましたと言えば、最初こそ史絵瑠を見て「可愛らしいお嬢さんね」と褒められ優越感を得たが、すぐに話題は陽葵に移る。いい子よ、きっと迷惑はかけないわと言われ、それを聞く陽葵も特に鼻にかけた様子もなく微笑む姿に早くもいら立ちがあった。

朝から服装選びに忙しく、髪もかわいく結んでとうるさい史絵瑠と違い、陽葵はきちっと自分で身支度を整え、食事を終えると食器まで洗い終わり、校門が開く時間にきちんと家を出る毎日だ。

礼儀正しく継母を気遣う陽葵が疎ましく感じた。

いら立ちのままに怒鳴りつけても、陽葵は自分が悪いと非を認め謝罪した。そんな態度にまた腹が立ち、日に日に暴行がエスカレートしている自覚はあった。まるで試し行動だ、陽葵がどこまで自分を許すか、いつになったらふざけるなど暴れ出すか──そんなことが楽しみなっていたが、陽葵は多少の口答えはあっても、涙をこぼしじっと耐えるばかりである。

いつまでも思い通りにならない陽葵が目障りだと追い出しにかかった。九州の中高一貫校の受験だ。
合格すれば6年間は顔を見なくて済む、失敗すればあざ笑ってやればいい。惨めに鬱々と過ごす陽葵を想像しワクワクしていたが、陽葵は見事に合格してしまった。
春からは陽葵は遠くの学校へ行くと近所の者に言えば、学校名を聞いた誰も彼もが「すごい!」と褒めたたえた。偏差値70を超える学校だ、確かにすごいが新奈はむしろ面白くない、また話題の中心は陽葵になってしまったからだ。

陽葵が行けたなら史絵瑠もやれると、難関校と呼ばれる学校を受験させようとしたが史絵瑠には無理だった。それがさらなる陽葵への憎しみに変わる──どこまでいっても気に食わない娘だと勝手に恨んだ。
だからこそ嘘をつき続け、遠ざけ続けた。どこかで泣きついてくればまだ可愛げもあるのに──しかも高校卒業後はどうするのだろうと学校へ確認を取れば、最高学府に合格したんですよと教えてくれた。どうぞ褒めてあげてくださいと言われたが、むしろ自慢げな連絡すらしてこない陽葵がどこまでも小賢しいと腹が立った。

都内に通うならば家に戻ってくるのか、そう心配したのに結局何の連絡もない、完全に行方をくらませた陽葵がありがたかった。自分が勝ったくらいのつもりでいた。だが京助の対処はどうするか──しかし心配はするが、連絡を取っていることにすればそれ以上の詮索はなく、なんとも簡単な男だと鼻で笑ったものだ。

散々意地悪をした、もう何年も連絡すらしてこないのならば、一生他人でいられるだろうと安心している。次に連絡あるとすれば死亡の知らせがいい。京助を奪い、生まれ育った家を奪ってやった、ざあまみろという気持ちが勝っていた。

21時を回った頃、史絵瑠が帰宅する。

「ただいまー」
「おかえり」

先に声をかけたのは京助だった。

「遅かったね、心配したよ」

それは本心であり、曇った心がなければ素直に受け取るであろうが、史絵瑠は小さく舌打ちをする。

「そういうのいいから。私だってもう成人してんのよ、日付またいで帰宅するくらいさせて欲しいわ」

怒る史絵瑠を新奈は上機嫌になだめた。

「あなたが可愛いから心配なのよ、ママだってあなたの顔を見ないと眠れないわ」

新奈の言葉はさすがに受け入れたが、返事は「あっそ」とそっけないものだった。

「ねえねえ、ちょっと話があるの」

そんなことを言って二階を示す、史絵瑠の自室へ行こうというのだ。そんな二人を京助はため息交じりに見送った、史絵瑠に冷たい態度を取られるようになったのはいつの頃からか、それも新奈にはそんな年頃だからほうっておけばいいと諭さすのだが。
史絵瑠の部屋に入ると、新奈は浮かれた様子でドアを閉める。

「もうパパ、マジうざいんだけど。本当にほっといてほしい」
「そう言わないの。金づるだと思えばいいって言ってるでしょ、あなたがいつもとってる客と同じよ」

史絵瑠はうんと答えた、京助は母にとってパパ活同様、ATMでしかないのだ。

「ねえ、それよりさ。あなた今恋人いないでしょ」
「いるわけないじゃん、おじさんたちに会うだけで精いっぱい」

肩をすくめて言う史絵瑠に、新奈はにやりと笑いかける。

「ねえ、この人口説いてみない? お金持ちだしイケメンだし、史絵瑠にお似合いだと思うんだけどなあ」

新奈が見せるスマートフォンの画面を覗き込んだ瞬間、大きな舌打ちが出る。

「あーその男、無理。お姉ちゃんの恋人だし」

言われて新奈は素っ頓狂は声が出た。

「陽葵の恋人? この人が?」

まじまじと写真を見た、陽葵に釣り合う男ではないと勝手に思う。だが同時に合点がいった、きっと交際の挨拶でもあって名刺交換をしたのだ、だから名刺フォルダではなく大事に財布にしまっていた。陽葵はおそらく一緒ではなかったと推察した、そうでなければ鎌かけのように陽葵の安否を聞いてこないだろう。

「そう! お姉ちゃんのどこがいいんだか知らないけど、べた惚れみたいよ! まあ、本人も性格悪いし、その点じゃお似合いかも!」
「見た目がよければ、多少性格に難があってもいいんじゃない?」

持論というわけではないが、性格の悪さは見た目でカバーできると思っている。

「そんなレベルじゃないわよ、お姉ちゃんが私にいじめられたとか言い出したら、怒って私に水ぶっかけたのよ! 満席の喫茶店で! 思いっきり恥かかされたんだから!」

嘘を交えて訴えた、どうせバレることがないと高をくくっている。
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